釧について調べていると、説明されない違和感に、ふと立ち止まります。
文献や解説では、釧は「腕輪」や「権力の象徴」として語られることが多く、死や埋葬と直接結びつけられることは、ほとんどありません。
それでも、身につけられる位置や素材、出土状況を工程として追っていくと、どうしても「死の手前」に近い場所の気配を感じてしまいます。
ぽの
この感覚については、まだ上手く言語化できないのですが…
この記事では、釧を「死の象徴」と断定するのではなく、なぜその気配だけが語られずに残っているのかを考えてみたいと思います。
これまでの釧(クシロ)についての考察はこちら↓↓↓
[関連記事:釧(クシロ)とは何か|血族ではなく「役割」として読む、その手前]
釧は、生きているあいだの「装身具」だった

釧(クシロ)は、考古学的には「腕輪」として分類され、生きている人の身体に直接身につけられていた装身具です。
・文化遺産オンライン:田能遺跡出土白銅製釧
そのため、多くの解説では、釧は首長層や有力者が身につけた「権威の象徴」として説明されることが一般的です。
形状や素材の希少性を考えれば、そうした理解が生まれること自体は、自然な流れだと思います。
ただ、この説明をそのまま受け取ろうとしたとき、私の中では一つ引っかかる点がありました。
それは、その説明が想定している「権威のあり方」と、尼崎という土地の性質が、どうにも噛み合わないという感覚です。
では、死んだあとも身につけ続けられたのか?

釧を「権威の象徴」とみなす説明は、多くの場合、政治的・儀礼的な中心地を暗黙の前提にしています。
権力が集中し、階層が可視化される場所であれば、装身具が権威を示す記号として機能することは理解しやすい。
しかし、尼崎はそうした「中心」を担う土地ではありません。
川と海に挟まれ、出入りが多く、安定した支配の拠点になりにくい場所です。
物流や人の移動が常に起き、境界が固定されない土地において、装身具が単純な「権威の表示」として機能していたのかには、どうしても疑問が残ります。
この違和感から、釧を「誰が偉かったか」を示す物としてではなく、その土地で、どのような役割を果たしていたのかという視点で見直す必要があるのではないか、と考えるようになりました。
そしてその過程で、文献にはほとんど書かれていないはずの「死」や「埋葬」に近い気配が、なぜか視界に入り込んでくるようになりました。
ぽの
正直、どこにそう書いてあるわけでもないのに、どうしても避けて通れない感じがありました。
外す・置く・送る|死後に生じる「工程」を分けて考える

人が死んだあとに起きることは、「埋葬」という一語では収まりません。
- 遺体に触れる工程、触れない工程
- 身体から何かを外すかどうかを判断する段階
- どこに置き、どのように送るのかという工程
それらは一続きではなく、役割ごとに分かれていたはずです。
※ 釧の形や素材(ゴホウラ)については、こちらで詳しく触れています。↓↓↓
[関連記事:釧(腕輪)とゴホウラは、何を意味するのか|身につける形と素材から読む、クシロの役割]
釧は身体に密着する装身具である一方で、埋葬そのものにどのように関わっていたのかについては、明確な説明がほとんど残されていません。
確かに、遺跡からは釧を身につけた状態で出土する例もあります。
ただ、それは「つけていた/つけていなかった」という結果だけが見えている状態であって、そこに至るまでの判断や工程が見えているわけではありません。
ここで、私は一つの仮説的な分かれ道を考えています。
ぽの
釧を魔除けとしてつけていた権力者と、
釧を魔除けを受け止める役割として担ってつけていた人。
この二つの在り方は、分けて考える必要があるのではないか。
もし前者であれば、釧は「身を守るための装身具」です。
一方で後者であれば、釧は「何かを引き受けるための装身具」になります。
どちらが正しい、という話ではありません。
重要なのは、同じ「釧をつけていた」という事実が、まったく異なる工程を含みうるという点です。
私が引っかかっているのは、釧が最終的にどうなったかではなく、その分岐を判断する工程そのものが、ほとんど語られていないということです。
副葬品としての釧は、権威か、それとも役割の終わりか

釧が墓から出土する場合、それはしばしば「副葬品」として説明されます。
そして副葬品である以上、そこには権威や地位の象徴が込められていた、という理解が採られることが多いように思います。
ただ、前述で触れた二つの在り方を踏まえると、この説明も少し単純すぎるように感じられます。
もし釧が「魔除けを受け止める役割」として身につけられていたのだとすれば、それは権威の誇示ではなく、役割の終了を示す配置だった可能性もあるからです。
副葬品=権威、という読みを一度脇に置き、「その役割を終えた物が、どこに置かれたのか」という視点で見ると、釧の位置づけは、少し違った輪郭を帯びてきます。
釧は「死」を担ったのではなく、「死に入る手前」に置かれていた可能性

ここまで見てきて、私が感じているのは、釧が「死」そのものを処理する道具だったというよりも、死に入る直前の工程に関わるため、言葉として残されにくかったのではないか、ということです。
権威の象徴と見ることもできる。
魔除けとして身を守る物と見ることもできる。
あるいは、何かを引き受ける役割として身につけられていた可能性もある。
今回の記事では、そのどれか一つに決めることはしません。
ただ、「誰が偉かったか」という物語から釧を外し、「どの工程で、何が必要とされたのか」という視点に置き直すことで、これまで語られてこなかった配置が、かすかに見えてきたように感じています。
次は、釧が外されたあと、それを扱うことができたのはどのような立場の人々だったのかを、もう一段だけ別の配置から見てみたいと思います。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
穢れ
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
クシロ(釧・櫛・奇)
釧を「役割」として読む