櫛代族(クシシロゾク)について。
目次
櫛代族
櫛代族(クシシロゾク)は、島根県益田市 にある「櫛代賀姫神社」の主祭神である 櫛代賀姫命(クシシロカヒメ)の氏族です。
櫛代賀姫命は、郷土の安泰 や 裁縫の神様 として信仰を集めています。
…というのが「櫛代族」の基本情報。
櫛代賀姫命の ペア神(?)として、櫛色天蘿箇彦命(クシロアメノコケツヒコ)がいます。
(櫛色天蘿箇彦命は、「櫛色天蘿箇彦命神社」の主祭神 はのはずだけれども、境内の案内には「彦竟邪都命 住吉大神(ヒコオケツミコト)」とあり、櫛色天蘿箇彦命 は「住吉大神」と同神とする説もあるとか)
「櫛代族」という名称を「あまり目にした記憶がない」のは、私だけではないのでは…?
というわけで、もう少し詳しく調べていきます。
「櫛代族」の伝承
島根には「櫛代族」の伝承が いくつかあります。
- 櫛代賀姫神社の社伝
- 石見鎌手郷土史(美濃郡)の伝承
- 那賀郡史(那賀郡)の伝承
これらの伝承の中で、気になるポイントは以下の通り。
- 「櫛代賀姫神社」と「大日霊神社」の関係は?
- 「櫛代賀姫神社」の現在地「明星山」って?
- クシロ姫は「日の精」・クシロ彦は「月の精」なの?
- 櫛色族は「和泉の国」が本貫なの?
- 瀬戸内海から日本海を遡上して当地(島根:石見)に上陸?
- 島根西部に定着した氏族は「春日族系の氏族」「小野族」「櫛色族」?
それでは、それぞれの伝承について、もう少し詳しくごご紹介しますね。↓↓↓
櫛代賀姫神社の社伝
「櫛代賀姫神社」の社伝によれると以下の通り。
- 往古、(櫛代賀姫神社は)大浜大谷浦 に鎮座
- 古代、櫛代は(和泉国より?)瀬戸内海から日本海を俎上、鎌手大浜 の地 に上陸
- 鎌手大浜に、女島・男島・中身島 という島があり、神代に(櫛代賀姫神社 の神は)この島へ天降った
- 境内社に大元神社・安国社がある
…と、あることから、この浜(大浜大谷浦)は、現在「大日霊神社」がある浜と推測されています。
石見鎌手郷土史(美濃郡)
『石見鎌手郷土史』とは?
- 著者名:矢富熊一郎 著他の作品を
- 出版社:島根郷土史会
- 発売日:1966年
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石見鎌手郷土史の伝承は以下の通り。
美濃郡 久城 に居給ふ、クシロヒメ「一名 カグヒメ、櫛代賀姫ノ命」は、那賀郡久代(くしろ)に住み給ふ、クシロヒコ(一名 アメノコケツヒコ、櫛代天ノ蘿箇彦命)と、美濃郡 鎌手村大字大谷の、雄島と雌島において、会合されるのが常であった。
・雄神の立ち給ふた雄島を、一名彦島と言い、女神の立ち給うた雌島を、一名姫島ともいう。
・ニ柱の神がこの島にじっと立って、たがいに相対して望まれた時、ニ柱の夫婦の間には、世にも珍しいメオジ(虹(にじ)の方言メョージとも言う)が出現した。
・男神がいつもこの地へ、会合に通われる時には、頬被りをして来られたが、頬被りがともすると脱げようとするので、いつも頬被りが脱げないように、注意を払って、被り添えないではおられなかった。
・この頬被りを被っておられた間は、月の面は被われて暗いが、次第に脱げかけると大きくなって月光は明る明るとして輝いた。
・「石見鎌手郷土史」(矢冨熊一郎, 島根郷土史会, 1966)p.43
・(引用:昔かっぷり神話)
この伝承において、「櫛色天蘿箇彦命」は 月の神 であるようです。※1
<メモ>
※1:「石見鎌手郷土史」では 日の精、月の精 としている…とのこと。
(引用:昔かっぷり神話)
櫛代賀姫命 と櫛色天蘿箇彦命が 逢引きするという伝承がある「雄島」と「雌島」の数百メートル東には「大日霊神社」が鎮座しています。
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そして、サラッと「カグヒメ」という名前が出てきていますが。
櫛代賀姫ノ命=クシロヒメ=カグヒメ
…ということでしょうか。
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その他、「石見鎌手郷土史」には以下の記載があるそうです。
(引用:昔かっぷり神話)
<メモ>
※2:石西地区とは、島根県西部の「石見国」の西部 →現「益田市」
(大田市を中心とする東部を「石東」、浜田市を中心とする中部を「石央」、益田市を中心とする西部を「石西」と呼び、三分される)
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<美濃郡・美濃国>
「美濃」という地名(同名)の一覧はこちら → ★
那賀郡史(那賀郡)
『那賀郡史』とは?
- 大島幾太郎編 大島韓太郎 昭和45年刊(1970)
- 昭和15年に 大島幾太郎 が執筆したが、第二次世界大戦のために刊行に至らず、浜田図書館に架蔵されていた原稿を昭和45年に刊行
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那賀郡史 にも、クシロヒメ・クシロヒコが登場しています。↓↓↓
- 奇色姫(くしろひめ)と 奇色彦(くしろひこ)少毛之彦(こけつひこ)と表記
- 久代 と 久城 に別れて住んでいる
- 太古は一般(なべて)男女一家に住まず、男が女の内に通うたという。男女たすけて一家をなす様になったのは、大分後の事である→母系社会?
(引用:昔かっぷり神話)
那賀郡とは?↓↓↓
引用:風姿のWiki:那賀郡史
- 那賀郡 は 浜田 と 江津 の 江ノ川下流域 を併せた地域
- 国会図書館デジタルコレクション:那賀郡史
<那賀郡>
「那賀郡」という地名(同名)の一覧はこちら → ★
「櫛代」の意味
「櫛代」には、以下の意味があるとのこと。
- 「櫛」は幣串(へいぐし)
- 「代」は稲苗を育てる場所、水田
- 「櫛代」は「奇色」(くしいろ)からきている:大島幾太郎説
(引用:昔かっぷり神話)
「幣串」とはコレ。
↓↓↓

参考画像:幣串(へいごし・へいぐし)
武蔵御嶽神社
「久代村」の由来
「久代村」の由来としてはこう。↓↓↓
「石見八重葎」に「久代村と号する所以は、(中略)又釧(ひちまき)此釧を 久志路 ト云う」
(「角川日本地名大辞典 32 島根県」(角川書店, 1979)とある(269P)。・装身具としての 腕輪(釧)とする説もあるようだ。
(引用:昔かっぷり神話)
!?
ん?
「久志路」ですと?
そして
「釧(クシロ)」?!
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「久志路」とみると、ヌナカワヒメ の「コシ」を思い出したけれども、アレは「高志(コシ)」か。
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装身具の 腕輪(釧:クシロ)といえば。
兵庫県 尼崎市の「田能遺跡」から出土した 被葬者(男性)が腕に着けていた「釧(腕輪)」の話 を思い出しましたねぇ。
しかも、「田能遺跡」がある場所は「櫛代族の本貫」だと伝承にある「和泉の国」のすぐ西。
どこかで関連があるのでしょうかね?(ワクワクしますね)
ちなみに「田能遺跡」からは、石川産の「碧玉」も出土していたりします。
…それを思うと、
久志路(クシロ)=久志(クシ)=高志(コシ)も
ワンチャンある…?(知らんけど)
↓↓↓
\ 田能遺跡の詳細はこちら /

\ 田能遺跡の場所はこちら /
田能遺跡:兵庫県尼崎市田能6丁目5−1(地図)

↑ こちらは「田能遺跡(兵庫県尼崎市)」の釧
※ 櫛代族と関係あるかは不明です!
「櫛色天蘿箇彦」の由来
蘿箇彦=コケツヒコ とは?
「蘿」を、素直に解釈すれば
- 苔
- ガガイモ
…となるそうだ。
「石見鎌手郷土史」清水真三郎説は「蘿箇(こけつ)」を、おげ=意祁(※示へんにおおざと)に通じるとし、天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひとのみこと)の子、彦姥津命(ひこおげつのみこと)としている。
櫛代賀姫神社と万寿地震(1026年)
「櫛代賀姫神社」が「万寿地震」(1026年)で、「緒継浜」から現地(明星山)に遷座した話が書かれている↓↓↓
櫛代造
櫛代造は(クシシロノミヤツコ)は 和邇氏同族 で、彦武宇志命 の 後裔とされます。
\ 和邇氏についてはこちら /

島根県「美濃郡」
美濃郡(みのぐん)は、島根県(石見国)にあった郡
「島根県 美濃郡」にあった町・村
「美濃」という地名
<美濃郡・美濃国>
今回の話とは関係あるか?は不明ですが「美濃」という地名で繋がる土地
・美濃郡(島根)
・美濃国(岐阜南部:愛知ごく一部)
・美濃市(岐阜県)
・美濃町(岐阜県)
・美濃町(岡山県:津山市)
・美濃町(愛知県:春日井市)
・美濃 (北海道 釧路市)
・美濃区(台湾:高雄)
・箕面市(みのお:大阪)
↑ん?北海道の「美濃」には「釧(クシロ)」があると・・・?
「クシロ」という地名
「那賀」という地名
<那賀郡>
・那賀郡(島根):ナカグン
・那賀郡(徳島):ナカグン
・那賀郡(和歌山):ナガグン
参考サイト
<Wikipedia>
・島根県 益田市(←「櫛代賀姫神社」「大日霊神社」がある市)
・島根県 浜田市(←「櫛色天蘿箇彦命神社」がある市)
・益田川(島根県益田市)
・高津川(島根県益田市)
・万寿地震(1026年)
・櫛代賀姫神社
・天足彦国押人命(櫛代造)
・和珥氏
<参考サイト>
・島根県神社庁:大日霊神社
・風姿のWiki
・玄松子の記憶:櫛代賀姫神社
・玄松子の記憶:櫛色天蘿箇彦命神社 (浜田市)
・れきち:姥津命:ハハツノミコト(比古意祁豆命:ヒコオケツノミコト)
・れきち:阿田賀田須命
・人文研究見聞録:櫛代賀姫神社[島根県]
・島根県神社庁:櫛代賀姫神社
・島根県神社庁:櫛色天籮箇彦命神社
・薄味:日と月――櫛代賀姫命と櫛色天蘿箇彦命
・広小路_Broadstreet:島根県石見地方の神話、伝説、昔話
櫛代族|まとめ
・住所:島根県益田市久城町96
<主祭神>
・櫛代賀姫命(クシロカヒメ)
・応神天皇
「櫛代族」の情報は、随時追加していく予定です。
以上、
「櫛代族」についてのブログ記事でした。