宗像三女神と、祓戸神(瀬織津姫を含む祓戸四神)。
どちらも「水」や「境界」と深く結びつく神で、似ているように感じる部分があります。
・Wikipedia:祓戸神(瀬織津比売神・速開都比売神・気吹戸主神・速佐須良比売神)
その結果、名前やイメージが重なって受け取られることも少なくありません。
けれど、配置という視点で見てみると、その働きははっきりと異なります。
この記事では、宗像三女神を基準に、「通す神」と「祓う神」の違いを、断定せずに読み分けていきます。
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「似ている」と感じてしまう理由

宗像三女神と祓戸神が似ているように感じられるのは、両者がともに「水」や「境界」に関わる位置に置かれているからだと思います。
たとえば、宗像三女神の一柱である 多岐津比売命 と、祓戸神の 瀬織津比売神 は、どちらも「流れ」や「場の切り替わり」を連想させます。
そのため、神社の立地や説明文を見たときに、「あれ、同じような神なのでは?」と感じてしまうことがあります。
私自身も、海や川のそばに祀られている様子を実際に目にしたとき、両者の区別が曖昧になる感覚を覚えました。
ただ、その違和感は「役割が同じ」からではなく、「似た位置に立っている」から生まれているように思えます。
ここではまず、そうした読み手側の感覚が、どこで重なってしまうのかを整理しておきたいと思います。

ぽの
というのも、宗像大社では、沖津宮に田心姫神、辺津宮に市杵島姫神が祀られており、地理的には「沖に田心姫、内陸に市杵島姫」という配置に見えます。
ただし、これは本土側から見たときの相対的な位置関係です。
ここでは、宗像三女神を「行き来の過程」を担う配置として捉え、内と外のどちらに向いているかという役割から整理しています。
祓戸神は「流して終わらせる」神

祓戸神として語られる 瀬織津比売神、速開都比売神、気吹戸主神、速佐須良比売神 は、いずれも「祓う」という働きの中で語られます。
ただし、それは単なる浄化というより、「不要になったものを場の外へ流す」役割として見るほうが、配置としては分かりやすい気がします。
実際、祓の祝詞を読んだり、祓戸社を訪れたときに感じたのは、「ここで完結させる」という強い意志です。
問題や穢れを次に持ち越さず、その場で終わらせる。
そのため、祓戸神は境界に立ちながらも、向こう側へは通さない存在として置かれているように感じられます。
ここが、宗像三女神との大きな分岐点だと考えています。
ただし、ここで注目したいのは何をしているかではなく、どの段階を担っているかです。

宗像三女神は「通して成立させる」神

一方で宗像三女神は、境界に立ちながらも「遮断」ではなく「通過」を前提にしている神々です。
田心姫命、多岐津比売命、市杵島姫命 は、それぞれが役割を分担しながら、行き来や移動が成立するための配置に置かれているように見えます。
宗像三女神関連神社を実際に訪れたとき、強く感じたのは「ここは止める場所ではない」という感覚でした。
ぽの
海と陸、内と外を分けつつ、完全には切らない。
その曖昧さが、宗像三女神の特徴なのだと思います。
祓戸神が「終わらせる」存在だとすれば、宗像三女神は「次へ通す」存在として、まったく別の役割を担っているように感じられます。
ミズハノメは、流れを「水として成す」位置

ここで一度、比較の軸を整理するために、もう一つの位置を見てみます。
これまで見てきた二つの配置を、少し立体的に捉えるためです。
同じく水に関わる神であるミズハノメ(ミヅハノメ)は、宗像三女神とも祓戸神とも異なる場所に立っています。
ミズハノメは、流れてきたものを祓って消すわけでも、次へ通すわけでもなく、「受け止めて、水として成す」役割を持つ存在として語られます。
飛騨一ノ宮である水無神社を実際に見て回る中で、「水を祓う」のではなく、「水を受け止め、成す」場としてこの場所が意識されているように感じました。
ぽの
祀られているのは「水無神」です。
それでも、水の扱われ方や配置のあり方を見ていると、ミズハノメ的な位置が、ここに重ねて読める余地はあるように思えます。
流れを拒まず、しかし急いで外へ出すこともしない。
その場に留め、形を与える。
祓戸神が外向き、宗像三女神が通過点だとすれば、ミズハノメは受容のための器として配置されているように見えます。
境界の神でも、役割は同じではない

こうして見ていくと、宗像三女神、祓戸神、ミズハノメはいずれも「境界」に関わる存在でありながら、その役割は明確に異なります。
祓戸神は流して終わらせ、宗像三女神は通して成立させ、ミズハノメは受け止めて成す。
いずれが正しい、優れているという話ではありません。
むしろ、それぞれが異なる配置に置かれているからこそ、列島の中で機能してきたのだと思います。
似ているように見えるのは、働く場所が近いからです。
この記事では、その「近さ」によって生まれる違和感を手がかりに、神々の役割を読み分けてきました。

