「彦・日子」は呉越系の尊称だった?|南方海人系の太陽信仰

最近読んだ本や調べものの中で気になった古代の話を、自分の備忘録としてメモしていくシリーズです。

今回は、神名や人名に使われる日子について。

」は一般に、男子の美称や男性を表す称号と説明される。

しかし、「日子」という名を持つ人々には、もう少し具体的な民族的・信仰的背景があるのではないか。

調べてみると、「は、呉越系を祖に持つ人物の尊称だった」とする説が見つかった。

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「彦」は呉越系人物の尊称だった?

川上しのぶ氏の古代史サイト「古代で遊ぼ」に掲載されている「大年神系譜と弥生農耕」には、次のように記されている。

彦は呉越系が祖にある人物の尊称であろう。

川上氏はこの「」を、南方系ないし海人系の太陽崇拝と結びつけている。

つまり、

南方系・海人系の太陽崇拝

呉越系を祖に持つ人物

その人物に付けられた「」という尊称

という流れで捉えている。


単に「男性だからが付いた」という話ではなく、太陽信仰を持つ南方海人系・呉越系の人物であることを示す称号と見る説である。

ここでいう「呉越系」とは?

川上氏のいう「呉越系」は、春秋戦国時代の呉国人越国人だけを指すものではない。

川上氏は、長江下流域に栄えた河姆渡カボト文化良渚リョウショ文化を、後の呉越文化へつながるものとして捉えている。


また、そこにいた人々を、

・長江流域の三苗系集団
・稲作を伝えた人々
・船で海を渡る海人
・太陽や鳥を重視する人々

として、日本列島へ渡来した南方系集団につなげている。

そのため、ここでいう「呉越系」は、

河姆渡文化・良渚文化

長江流域の三苗系文化

後の呉越文化

日本へ渡来した南方海人系集団

という古い文化層まで含んだ呼び方と考えられる。

これまで考えてきた、という国や集団に分かれる以前から、日本へ入ってきていた三苗・ミャオ系の古層」に近い。


川上氏は別の箇所では「」という分類も使用している。

しかし、「彦」については、あえてが祖にある人物の尊称と記している。

「日子」は太陽の子を意味する

」は『古事記』などでは「日子」「比古」「毘古」とも表記される。

このうち「日子」を文字どおりに読めば、「日の子」「太陽の子」となる。

洪聖牧氏の論文「日本の太陽神に関する一考察―ヒルコを中心に―」では、ヒルコは本来、ヒルメと対になる「日子」であり、太陽神または太陽神の子だったと論じられている。

また、ヒルコが乗せられた葦船や、伝承に登場する天磐櫲樟船イメノイワクスブネ鳥磐櫲樟船トリノイワクスブネについても、単なる乗り物ではなく、太陽神が天や海を移動するための「太陽の船」として捉えられている。

ここでは、

日子
=太陽神
または太陽神の子
=船で海を渡る神
=海人族
太陽信仰

というつながりが見えてくる。

この「日子太陽の子海人系太陽神」という見方と、「呉越系人物の尊称」という説は、かなりきれいに重なる。

天若日子と味耜高彦根命

川上氏は「」の例として、天若日子味耜高彦根命を挙げている。

『古事記』では、天若日子の葬儀に現れた味耜高彦根命を見て、天若日子の家族が「天若日子は生きていた」と勘違いする。二柱は見間違えるほどよく似ていたという。

この話を「」という称号から見ると、単なるそっくりさんの物語ではなくなる。

天若日子味耜高彦根命は、同じの系統に属する人物だったため、同じ容貌を持つ者として描かれたのではないか

川上氏は、二柱がよく似ていたことと「」の尊称を持つことを重ね、味耜高彦根命大国主命の実子とする系譜にも疑問を向けている。

記紀に記された親子関係よりも、「」という名と容貌の一致のほうに、古い系統の痕跡が残っていると見ることもできる。

「〇〇彦」と「彦〇〇」は区別されるのか

」を含む名前には、

天若日子・吉備津・猿田

のように後ろに彦が付くものと、

火火出見・五瀬・狭知

のように、が先頭に置かれるものがある。


川上氏の説では、両者を位置によって区別していない。

実際に例として挙げられているのも、

天若日子――末尾に「日子」が付く
味耜高根命――「」の後ろに「根」が続く

という異なる形である。


そのため、この説で重要なのは「彦が名前のどこにあるか」ではなく、その人物が「日子」という称号を持っていること自体だと考えられる。

「〇〇」と「〇〇」では、名前の構造や修飾関係に違いがあった可能性はある。

しかし、民族系統や信仰を示す称号としては、どちらも同じ「日子」のグループとして扱えることになる。

まとめ

日子」について、今回見つかった説をまとめると次のようになる。

・「日子」は「日の子」「太陽の子」を意味する
ヒルコは本来、太陽神または太陽神の子だった
日子の信仰には船・海人・南方系太陽信仰が関係する
呉越系を祖に持つ人物の尊称だったという説がある
・川上氏の「呉越系」は、長江文明・三苗系の古層まで含んでいる
・天若日子と味耜高彦根命は、同じ「彦」の系統として捉えられている
・「〇〇」と「〇〇」は、位置では区別されていない

つまり「日子」は、単なる男子の美称ではなく、

太陽の子を称する、長江系・南方海人系の王または祭祀者の称号

だった可能性がある。


今後は、彦火火出見彦五瀬彦狭知吉備津彦猿田彦長髄彦など、「日子」を持つ神名・人名を並べ、それぞれに海人・太陽・船・鳥・呉越系の要素が見られるか確認してみたい。

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