籠神社の祭神について調べていて、ふと気になったこと。
彦火火出見尊 と 彦火火出見命。
同じ「彦火火出見」という名前なのに、資料によって後ろに付く文字が違う。
単なる表記の違いなのか。
それとも、「尊」と「命」で、少し違う伝承を指しているのか。
今後またつながるかもしれないので、ひとまずメモしておく。
<関連記事>
・「海部」についての記事一覧
『日本書紀』では「彦火火出見尊」
國學院大學の神名データベースを見ると、
『古事記』では、
天津日高日子穂々手見命
火遠理命
と記される。
・
・
一方、
『日本書紀』では、
彦火火出見尊
とされている。
参考: 國學院大學 古事記学センター「天津日高日子穂々手見命」
つまり、一般的な記紀の山幸彦を見る場合、
『日本書紀』
=彦火火出見尊
という表記が使われている。
籠神社では「彦火火出見命」
ところが籠神社の公式由緒では、
主祭神である
について、
別名を「彦火火出見命」ともいう
と説明されている。
参考: 籠神社公式サイト
・
・
つまり、
『日本書紀』
=彦火火出見「尊」
に対して、
籠神社
=彦火火出見「命」
となっている。
・
・
同じ、
彦火火出見
という名前でありながら、
尊/命
の表記が異なる。
単なる表記違いなのか?
これが単なる表記の違いなのか。
それとも籠神社でいう、
彦火火出見命
が、
『日本書紀』の、
彦火火出見尊=山幸彦
とは少し違う伝承上の存在を指しているのか。
ここが気になる。
・
・
特に籠神社では、
彦火明命の別名として彦火火出見命を置いている。
そのため、
彦火明命
=
彦火火出見尊(山幸彦)
と、そのまま一対一で結びつけてよいのかも少し気になる。
なぜ籠神社では「尊」ではなく「命」なのか?
『日本書紀』では、
彦火火出見尊。
籠神社では、
彦火火出見命。
「彦火火出見」という部分だけを見ると、同じ神の別表記のようにも見える。
・
・
しかし、
なぜ「尊」ではなく「命」なのか。
ここに何か意味があるのかは、
今のところ分からない。
ただ、
「彦火火出見」という名前が同じだから、すべて同じ人物・同じ神格
としてまとめてしまう前に、
尊/命の違い
も一度立ち止まって見ておきたい。
<ぼやき>
なぜなら?記紀やらは、だいたいこういう「ちょっとした違い」に
「大事な違い」を混ぜ込みはることを、体感的に学んできたから!
・
・
籠神社の
彦火明命
彦火火出見命
そして『日本書紀』の
彦火火出見尊
が、
どのような関係にあるのか。
今後も追っておきたい。
<関連記事>
・「海部」についての記事一覧
