白族(ペー族)の前身となった民族「民家(ミンチャ)」の自称 Bozo(ポツォ)について。
塚田敬章氏は、
と、日本へ伝わる過程で音が変化した可能性を考えていた。
日本神話では「ホト」がたびたび出てくる。
改めて『古事記』『日本書紀』を見てみると、思っていた以上に印象的な場面に集中して登場していた。
今回は、記紀に登場する「ホト」について洗い出してメモしておく。
<関連記事>
・「民族・部族」についての記事一覧
・「ミンチャ族(ペー族)」についての記事一覧
目次
そもそも「ホト」とは?
古語のホトは、基本的には女性の陰部・女陰を意味する。
『古事記』では、
富登
と音をそのまま漢字で表記した例があるほか、
陰
陰上
美蕃登(ミホト)
などの形でも現れる。
・
・
『日本国語大辞典』でも、「ホト」の初出例として『古事記』神武天皇段の、
「其の美人の富登を突きき」
が挙げられている。
ただし、記紀におけるホトは、単に身体部位を示すだけではない。
生命が生まれる場所である一方、
火 によって焼かれる
梭(ヒ)※ で突かれる
矢 で突かれる
箸 で突かれる
※ 梭(ヒ):機織りの道具
…などの場面が繰り返される。
記紀の「ホト」を並べてみる
整理すると、こんな感じ。
| No. | 人物・場面 | ホトとの関係 | 資料 |
|---|---|---|---|
| ① | イザナミ | カグツチを産み、ミホトを火に焼かれる→死ぬ | 古事記 |
| ② | 黄泉のイザナミ | ホトに 拆雷 が宿る | 古事記 |
| ③ | カグツチ | 「陰」から闇山津見神が生まれる※ホト訓には議論あり | 古事記 |
| ④ | 天の服織女 | 梭でホトを突いて死ぬ | 古事記 |
| ⑤ | 新羅・阿具沼の女 | 日の光がホトを射し、赤玉を産む | 古事記 |
| ⑥-1 | 勢夜陀多良比売 | 大物主の丹塗矢がホトを突く | 古事記 |
| ⑥-2 | 富登多多良伊須須岐比売 | 「ホト」がそのまま神名に入る | 古事記 |
| ⑧ | 倭迹迹日百襲姫命 | 箸でホトを突いて死ぬ | 日本書紀 |
| ⑧ | 安寧天皇陵 | 畝傍山の「ミホト」という地形名 | 古事記・日本書紀 |
こうして並べると、
記紀のホトには、「入る・突く・生む・死ぬ」という動きがかなり集中している。
① イザナミ|火神を産んで「ミホト」を焼かれる
まず『古事記』のかなり早い段階に出てくる。
「美蕃登炙病臥」
と記される。
この美蕃登(ミホト)は、女陰を意味する。
つまり、
イザナミ
↓
火神カグツチを産む
↓
ミホトを焼かれる
↓
病み伏す
↓
死
という流れ。
・
・
國學院大學の『古事記』解説でも、
「ミは御、ホトは女陰」
と説明されている。
記紀神話の最初期から、
ホト=火と接触する場所
として登場することになる。
② 黄泉のイザナミ|ホトには「拆雷」がいる
死んだ イザナミ を追って、イザナギが黄泉国へ行く話。
腐敗した イザナミ の身体には「八柱の雷神(= 拆雷 )」が宿っていた。
『古事記』では、
頭=大雷
胸=火雷
腹=黒雷
陰=拆雷
左手=若雷
右手=土雷
左足=鳴雷
右足=伏雷
とされる。
この「陰」がホト。
つまり、
イザナミのホトには拆雷(サクイカヅチ)がいる。
ここでも、
ホト × 雷
が出てくる。
さらに「拆」は、
裂く・割る・開く
という意味を持つ字。
なぜホトにいる雷だけが「拆雷」なのか。
これも気になるところ。
③ カグツチの「陰」|そこから闇山津見神が生まれる
イザナミを死なせたカグツチは、イザナギによって斬られる。
『古事記』では、その身体の各部分から山津見神が生まれる。
頭
胸
腹
陰
左右の手
左右の足
という八か所。
そのうち陰から生まれるのが、
闇山津見神(クラヤマツミ)
とされる。
ここは少し注意が必要。
カグツチは男神なので、この「陰」を女性の場合と同じようにホトと読むのかについては、古くから議論がある。
國學院大學の解説でも、
女性の場合の「陰」はホトだが、男性の場合の訓みには議論がある
としている。
なので、
「ホト」と断定できる例
とは別に置いておきたい。
ただ、
イザナミの身体の八雷神
と、
カグツチの身体の八山津見神
が、
頭・胸・腹・陰・左右の手足
という同じ八分割になっていること自体は面白い。
④ 天岩戸|天の服織女が梭でホトを突いて死ぬ
スサノオが高天原で乱暴を働く場面。
天照大御神が忌服屋で神御衣を織らせているところへ、スサノオが逆剥ぎにした天斑馬を投げ込む。
そのとき、
天の服織女
が驚き、
梭(ひ)に陰上(ホト)を衝いて死んだ
と『古事記』には記される。
しかも本文には、
「訓陰上云富登」
つまり、
「陰上はホトと読め」
という訓注まで付いている。
これはかなり明確な「ホト」。
そしてこの事件をきっかけに、
天照大御神が天岩戸へ隠れる
ことになる。
つまり、
馬
↓
機織り
↓
梭
↓
ホト
↓
死
↓
太陽神が隠れる
という流れ。
なお『日本書紀』では、同系統の話で稚日女尊が登場する一書があるが、「梭で身を傷つける」とされ、『古事記』ほど明確にホトとは書いていない。
⑤ アメノヒボコ伝承|日の光が女のホトを射す
『古事記』のアメノヒボコ伝承にもホトが出てくる。
新羅の阿具沼のほとりで、一人の女が昼寝をしていると、
日の光が虹のように輝き、その陰上(ホト)を射した。
すると女は妊娠し、
赤玉
を産む。
つまり、
日・太陽
↓
虹のような光
↓
ホト
↓
妊娠
↓
赤玉
という話。
ここではホトは、
外から何かが入って、新しい生命・玉を生み出す場所
として描かれている。
天岩戸の「梭でホトを突いて死ぬ」とは逆に、
こちらはホトに光が入ることで生命が生まれる。
この対比も面白い。
⑥ 大物主の丹塗矢|勢夜陀多良比売のホトを突く
そして有名なのが、神武天皇の皇后となるイスケヨリヒメの出生譚。
『古事記』では、美和の大物主神が勢夜陀多良比売を見初める。
大物主は、
丹塗りの矢
に姿を変え、勢夜陀多良比売が厠で用を足しているところへ流れていき、
その「富登(ホト)」を突く。
勢夜陀多良比売がその矢を持ち帰ると、矢は麗しい男に変わり、二人は結ばれる。
そして生まれた娘が、
富登多多良伊須須岐比売命
(ホトタタライススキヒメ)
だった。
ここでは本文そのものが富登という音写を使っている。
さらに、
「そのホトという事を悪みて、後に名を改めた」
として、
比売多多良伊須気余理比売
(ヒメタタライスケヨリヒメ)
へ改名したと説明される。
つまり、『古事記』自身が、
ホトという言葉を意識して神名を説明している
かなり珍しい例。
⑦『日本書紀』箸墓伝承|百襲姫が箸でホトを突いて死ぬ
『日本書紀』では、崇神天皇紀の倭迹迹日百襲姫命の話が有名。
百襲姫は大物主神の妻となる。
しかし夫である大物主の正体が小蛇であることを知って驚き、大物主を怒らせてしまう。
大物主が御諸山へ帰ったあと、百襲姫は後悔し、
「則箸撞陰而薨」
つまり、
箸で陰(ホト)を突いて死んだ。
と記される。
そのため墓が箸墓と呼ばれたという。
ここでも、
大物主
+
ホト
+
「突く」
という組み合わせが出てくる。
しかも『古事記』では、
大物主=丹塗矢となって女のホトを突く
→ 娘が生まれる
のに対して、
『日本書紀』では、
大物主の妻=箸でホトを突く
→ 死ぬ
となっている。
同じ大物主+ホト+突くなのに、
誕生と死
が反転しているようにも見える。
⑧「ミホト」は地形にも使われる
さらに面白いのが、ホトは身体だけではないこと。
『古事記』安寧天皇段には、
「御陵在畝火山之美富登也」
とある。
つまり、
御陵は畝火山の「美富登(ミホト)」にある。
『日本書紀』でも対応する陵墓名は、
畝傍山南御陰井上陵
とされる。
ここでのミホトは、
山のくぼんだところ・山間の凹部
を表す地形語と考えられている。
つまり、
身体のホト
↓
凹んだ場所
↓
山のミホト
という意味の広がりがある。
これは個人的にはかなり重要だと思う。
「ホト」が単純に身体の一部だけを指す語だったなら、なぜ山の地形にも同じ言葉が使われるのか。
入口
窪み
内部へ通じる場所
何かを生み出す場所
のような、もっと広いイメージが先にあった可能性も考えたくなる。
「ホト」は生と死の境界なのか?
これを見ていて一番気になるのは、
ホト=女性器
というだけでは、少し説明しにくいくらい、象徴的な場面ばかりに使われていること。
イザナミでは、
火が出てくる場所。
黄泉では、
雷が宿る場所。
アメノヒボコ伝承では、
太陽の光が入り、赤玉が生まれる場所。
大物主伝承では、
丹塗矢が入り、神の子が生まれる場所。
天岩戸では、
梭が入り、織女が死ぬ場所。
箸墓では、
箸が入り、百襲姫が死ぬ場所。
つまり、
誕生
死
火
雷
太陽
矢
梭
箸
が、ホトという一点で交差している。
ホトは、
こちら側と向こう側をつなぐ「口」や「境界」のような場所
として扱われているようにも見える。
さらに気になる「タタラ」
そして、ホトを考えると避けて通れないのが、
富登多多良伊須須岐比売
という神名。
ホト+タタラ
がそのまま並んでいる。
もちろん、「多多良」が直ちに製鉄の踏鞴を意味する、とここで確定することはできない。
ただ、
イザナミのホトを焼く火神カグツチ
↓
その嘔吐物から金山毘古・金山毘売
↓
ホト+タタラという神名
↓
丹塗矢
と並ぶと、製鉄との関係を考えたくなるのも自然だと思う。
このあたりは別途、
ホト・火・タタラ・製鉄
として掘った方がよさそう。
ポツォ → ホト説を考える材料として
塚田氏は、白族(ペー族)の自称として伝わる、
Bozo(ポツォ)
という音が、日本へ伝わる中で、
ポツォ
↓
ホツ
↓
ホト
と転訛した可能性を考えている。
もしこの仮説を考えるなら、
「日本語にホトという言葉がある」
だけではなく、
日本神話がなぜこれほど「ホト」を重要な場面に置いているのか
も見ておきたい。
とくに、
生命が生まれる
神が入る
光が入る
火が出る
雷が宿る
死へ移る
という使われ方は気になる。
さらに「ミホト」が山の窪地にも使われることを考えると、
ホト=女陰
という身体語だけではなく、
「内部へ通じる入口・境界」
のような古いイメージまで視野に入れて、もう少し追ってみたい。
参考
・國學院大學 古典文化学事業「伊耶那美の神避り」
・青空文庫 武田祐吉訳『古事記』
・『古事記』原文「アメノヒボコ」
・『日本書紀』巻第一 神代上 原文
・国立国会図書館 レファレンス協同データベース「箸墓と倭迹迹日百襲姫命」
・コトバンク「陰(ほと)」
・神明社「保土ヶ谷の地名について」―『古事記』安寧天皇段「美富登」について
・塚田敬章「中国・朝鮮史から見える日本、2」
<関連記事>
・「民族・部族」についての記事一覧
・「ミンチャ族(ペー族)」についての記事一覧
