白族の「白」は五行の「金」と関係する?|太白・金星から考える

塚田敬章氏が紹介する「ポツォ」について。

H・R・デーヴィスの『雲南』原著では、中国人からMin-chia(民家/ミンチャ)と呼ばれていた人々が、

Pe-tsö(ポツォ)

と自称していたことが確認できる。

後世の研究では、このPe-tsoを、

白子

と対応させる例がある。

そして現在の 白族(ペー族)にも、

白子
白尼
白伙

などの自称があり、これらはまとめて、

「白人」=白の人

という意味だと説明されている。

となると、次に気になるのは当然、

なぜ「」なのか?

ということ。

今回は、この「」について考えてみる。

<関連記事>
「塚田敬章」についての記事一覧
「ミンチャ族(ペー族)」についての記事一覧
「民族・部族」についての記事一覧
「五行」についての記事一覧
越:奴奈川姫伝承の馬はなぜ「黒き青毛」と「白い駒」なのか?|五行の色から考える

ポツォは「白の人」系の自称らしい

まず前の記事のおさらい。

1909年のデーヴィス『雲南』では、

自称:Pe-tsö
中国人からの呼称:Min-chia

という区別が記録されている。

現在の ペーにも「白子」などの自称が残り、中国側の民族資料では、

白子・白尼・白伙
=「白人」

と説明されている。


そのため、

Pe-tsö(ポツォ)

白子

「白の人」

というつながりを考えることができる。

では、このは何を表していたのだろう?

「白」は単なる色なのか?

もちろん、

=色としての白

だった可能性はある。

ただ、古代中国では、色は単独で存在するものではなかった。

五行思想 では、

木・火・土・金・水

それぞれに、

方角
季節

天体

などが対応する。


そしてに対応する色が、

だった。

ここが気になる。

五行では「金=白=西=秋」

五行 における「」は、

方角=西
季節=秋
色=

と対応する。

つまり、



=西
=秋

という一つのまとまりがある。

そのため、古代中国文化の中で「」という色が出てきた場合、

単なる色彩だけではなく、「金」に属する象徴

として機能することがある。


では、

「白の人」

という民族自称にも、

こうした 金= の世界観が関係していた可能性はないだろうか。

ここから先は、今のところ仮説として考えている。

金星は「太白」

さらに気になるのが金星

古代中国では 金星 を、

太白

と呼ぶ。

唐代の天文占書『開元占経』には、

太白主秋、主西維、主金、主兵」

という記述がある。

つまり太白は、


西

を 司る星 として扱われていた。


さらに同書には、

太白者、西方金精也」

とある。

意味としては、

太白は西方の金の精である。

ここまでくると、





西

太白=金星

がかなり明確につながっている。

太白は「大きく白い」から太白

『開元占経』にはさらに、

太白者、大而能、故曰太白

とある。

つまり、

大きく、よく白く輝くため「太白」という

という説明。

金星は非常に明るく白く見える星なので、

白い星
太白
=金星
=西方の金の精

という一連の対応が作られている。

古代中国で」と「金星」は、かなり近い位置にあったことになる。

「ポツォ」の白も「金」だった?

ここで再びポツォに戻る。

もし、

Pe-tsö(ポツォ)
=白子
=白の人

なのだとすれば、

その「」に、

金=

という古代中国・南方世界の象徴体系が関係していた可能性はないだろうか。

つまり、

ポツォ
の人

という民族自称を、

単純に、

い服を着ていた
肌がかった

といった外見だけで考えるのではなく、

「金」に属する人々

というような意味まで視野に入れてみたい。

もちろん現時点では、

白族五行の  を意味する

と直接説明する資料を見つけたわけではない。

なので、ここはあくまで仮説

ただ、

白族自身の古い自称に「」がある

ことと、

中国文化圏で「金」=という非常に強い対応がある

ことは、並べて覚えておきたい。

そして「太白=金星」

さらに仮説を広げるなら、

金=

だけではなく、

金=太白=金星

まで見ておきたい。


つまり、





太白

金星

という流れ。


以前から気になっている コシの話 では、

白い駒(馬)

が出てくる。

<関連記事>
越:奴奈川姫伝承の馬はなぜ「黒き青毛」と「白い駒」なのか?|五行の色から考える


もし古い象徴体系として、

=金=太白(金星)

が存在するなら、

白い駒」というモチーフも、

単に毛色が白い馬

という以上の意味を持つ可能性がある。


ここは今後、



金星

コシ

をまとめて別途掘ってみたい。

太白には「兵」の意味もある

さらに『開元占経』を見ると、太白は単なる美しい星でもない。

太白主秋、主西維、主金、主兵

とあり、

兵・戦争・軍事

とも強く結びついている。

さらに、

太白=西方金精

とされる。


つまり、



西

太白(金星)

が、同じ象徴体系の中に置かれていることになる。

白の人」という自称を考えるときにも、この」が持っていた古代中国的な意味の広さは覚えておきたい。

「白」は五行より古い可能性もある

もう一つ注意しておきたい。

仮に白族の「」と金属金星などに何らかの関係があったとしても、

白族 が 五行思想を学んで、自分たちをと名乗った とは限らない

むしろ、

・金属・西方・星 などを結びつける古い象徴

が先に存在し、

それが後世の五行思想の中で、

金==西=秋

として体系化された可能性も考えられる。


なので今後は、

五行思想成立以前の「」と「」の関係

も調べてみたい。

今後掘りたいこと

この仮説を確かめるために、今後は、

白族が「」を自称に使う理由についての民族学的説明
白族における白色の祭祀的意味
白族と金属・鉱山・製鉄の関係
滇文化における金属と白色
白族・雲南地域の金星信仰
白馬白い駒の伝承
五行成立以前の「金=
太白(金星)との関係

などを追ってみたい。

まとめ

今回の出発点は、

Pe-tsö(ポツォ)とは何なのか?

だった。

デーヴィス『雲南』では、

中国人からMin-chia(ミンチャ=民家)と呼ばれていた人々が、自らをPe-tsö(ポツォ)と呼んでいた

と記録されている。

後世にはPe-tsoを「白子」と対応させる研究があり、現在の白族にも、

白子・白尼・白伙=「白の人」

という自称が残っている。

そこで気になったのが、

なぜ「」なのか?

ということ。


古代中国では、

金==西=秋

という五行の対応があり、

さらに金星は、

太白=西方の金の精

とされた。


だから今のところ、

ポツォ
=白の人

白=金

太白=金星

という可能性を、ひとつの仮説としてメモしておきたい。

この先は、白族だけでなく、

コシ
白い駒

太白・金星

まで広げて見ていくと、また何かつながるかもしれない。

参考

塚田敬章「中国・朝鮮史から見える日本、2」
・H. R. Davies, Yün-nan: The Link Between India and the Yangtze, 1909
H.R.デーヴィス著、田畑久夫・金丸良子編訳『雲南―インドと揚子江流域の環』古今書院、1989年
上海市民族和宗教事務局「白族」
Chinese Text Project『開元占経』巻四十五「太白占」

<関連記事>
「塚田敬章」についての記事一覧
「ミンチャ族(ペー族)」についての記事一覧
「民族・部族」についての記事一覧
「五行」についての記事一覧
越:奴奈川姫伝承の馬はなぜ「黒き青毛」と「白い駒」なのか?|五行の色から考える

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です