波邇(ハニ)と和邇(ワニ)は関係するのか?|赤土から見える「ワニ」の地名

前の記事では、ハニ)という言葉は「秀丹ホニ)」に由来するのではないか、という説について整理した。

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埴(ハニ)の語源は『秀丹(ホニ)』なのか?

そこで次に気になったのが、

波邇(ハニ

と、

和邇・丸邇(ワニ)

という二つの古い言葉。

単純に音が似ているだけなら気にしなくてもいいのだけれど、調べてみると、実際にワニ」は「ハニ赤土」から転じたのではないかとする説があるらしい。

しかも『古事記』には、ワニの土地そのものについて赤い土を示す歌まで残っている。

気になったので、この「ハニ」と「ワニ」の関係をメモしておく。

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「埴」は古く「波邇(ハニ)」と書かれる

まず、ハニ

『古事記』では「ハニ」という音を、

波邇

と表記する例があり、「波邇」の二字について音を用いることも明記されている。


つまり「」という漢字から後に「ハニ」という読みが生まれたというより、

先に「ハニ」という言葉があり、それに「」という漢字が当てられている

と考えてよさそう。


ハニは、おもに赤み・黄みを帯びた粘土質の土を指し、土器埴輪などを作る材料にもなった。

前の記事で見た「秀丹ホニ)」説も、この 赤い土・丹を含む土 という性質から出てくる話だった。

「和邇・丸邇(ワニ)」にも複数の表記がある

一方のワニも、古代史料では表記が一定していない。

たとえば、

和邇
和珥
和爾
和迩
丸邇

など、さまざまな文字で表されている。

<ツッコミメモ>
なんで「」で「ワニ」やねん?!


國學院大學「古典文化学事業」の 丸邇臣 の解説でも、ワニには多数の表記があったことが確認できる。

つまりこちらも、

「和邇」という漢字の意味が先なのではなく、「ワニ」という音に複数の漢字が当てられている

と考えた方がよさそうである。

「ワニ=ハニ(赤土)」から転じたとする説がある

ここからが面白い。

國學院大學「古典文化学事業」の丸邇坂(ワニサカ)の解説では、

丸邇(ワニ)は「ハニ=赤土)」が転じた言葉ではないか

という説が紹介されている。

この説では「ワニ」という地名は、そこがの産地であったことを表しているという。


つまり、

ハニ(埴・赤土)

ワニ

を産する土地の名

という見方である。

もちろん「ハニ」と「ワニ」が同じ言葉だった、とここで決めることはできない。

ただ、少なくともハニワニを結びつける考え方自体は、すでに存在していることになる。

『古事記』には「和邇佐の土」が赤いと書かれている

さらに気になるのが、『古事記』応神天皇段に登場する歌。

そこには、

櫟井いちひゐの 和邇佐の土を 初土は 膚赤らけみ……」

という歌がある。

櫟井いちひゐ:現在の 奈良県天理市 櫟本(いちのもと)町付近に比定される古い地名


和邇佐(わにさ)」の土は肌が赤い、と歌われているのである。

國學院大學の解説では、この 和邇佐 を 丸邇坂 とみる説が有力とされている。

すると、

ワニ

ワニの土地

赤い土を産する

ハニ=赤土

という対応が出てくる。

ワニハニ説」が、単なる音の類似だけから出ているわけではないところが面白い。

現在の奈良県天理市和爾町周辺

丸邇坂は、現在の奈良県天理市和爾町周辺に比定されている。

この地域には現在も、

和爾町

という地名が残っており、さらに『延喜式』神名帳に載る 和爾坐赤坂比古神社 もある。

【和爾坐赤坂比古神社】
<祭神>
阿田賀田須命
・市杵嶋比賣命


ここでも気になるのが、

赤坂

という名前。

ワニの土地に、

い土

埴=

という「」が重なっている。

これだけで由来を決めることはできないけれど、少なくともワニという古い地名を考えるとき、「赤土」はかなり重要な要素に見える。

建波邇安王を討つのが「丸邇臣」の祖

そしてもう一つ、個人的にかなり気になるところがある。

『古事記』崇神天皇段では、

波邇安王(タケハニヤスノミコ)

が反乱を起こす。


波邇」の二字については、ここでも音を用いることが明記されている。

この建波邇安王を討伐するため、大毘古命とともに派遣されるのが、

丸邇臣の祖日子国夫玖ヒコクニフク

である。

つまり同じ説話の中で、

建「波邇」安王

丸邇」臣の祖が討つ

という構図になっている。

しかも日子国夫玖命たちは、戦いへ向かう前に丸邇坂へ 忌瓮(イワイベ)を据える。

<ツッコミメモ>
忌瓮(イワイベ)」?!また新しいの登場しよった。
厳瓮(イツヘ)」と、どうちゃうねん?!

(軽く調べると「一緒です♪どっちも祭祀道具だよ!」って出てくるけれども。何か違いがあるから、漢字を変えてるんやろがい?!)

↓↓↓
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厳瓮と忌瓮は何が違う?|古代祭祀の「イツ」と「イワイ」

國學院大學の解説でも、丸邇坂は、

建波邇安王を討つ前に祭祀を行った場所

として説明されている。

ここまでくると、

ハニ
ワニ
赤土
土地
忌瓮
祭祀

が同じ場所・同じ説話の周辺に集まっていることになる。

「ハニ」と「ワニ」は同じ言葉なのか?

では、

ハニワニ

だったのか。


ここはまだ分からない。

現在の日本語で見ると「」と「」はかなり違う音だし、古い日本語まで遡った場合にも、単純にハニワニという通常の音韻変化として説明できるわけではなさそう。

そのため、

「もともと完全に同じ語だった」

と考えるより、

・地域による音の違い
・異なる集団による呼称の違い
・さらに古い言語層での関係
・「埴を産する土地」を意味する地名としての転訛

なども含めて考えた方がよさそう。

ただし、

ワニ=埴(ハニ・赤土)の転訛

という説そのものは実際にあり、しかもワニの土地が『古事記』で「赤い土」の産地として描かれている

そのため、今のところ私は、

ハニワニは、少なくとも一度同じ土俵に置いて考えておきたい言葉

としてメモしておきたい。

土師氏・埴安の祭祀ともつながるのか?

さらに気になるのは、ここから土師氏埴安神へつながる可能性。

ハニは単なる「」ではなく、

土器を作る土
埴輪を作る土
祭祀に使われる土
墓域を作る土

でもある。

一方、丸邇坂でも、建波邇安王との戦いの直前に忌瓮を据える祭祀が行われている。

もし「ワニ」という地名そのものがハニ=埴の産地と関係していたのなら、

ハニを産する場所

土器を作る

祭祀に用いる

土地・境界を鎮める

という流れも気になってくる。

前の記事で追っていた、

秀丹(ホニ)

埴(ハニ

赤い土・丹を含む土

というラインに、

和邇・丸邇(ワニ)

まで入ってくる可能性があるのかもしれない。

このあたりは、土師氏・埴安神・五行の「土」との関係も含めて、もう少し別の記事で整理してみたい。

まとめ

今回気になったことをまとめると、

・埴は古く波邇ハニとも表記される
ハニには和邇・和珥・丸邇ど多数の表記がある
丸邇ハニ赤土)の転訛とする説がある
・『古事記』には和邇佐の土」が赤いとする歌が残る
・丸邇坂は現在の奈良県天理市和爾町周辺に比定される
・崇神記では建波邇安王丸邇臣の祖・日子国夫玖命が討つ
・その直前、丸邇坂では忌瓮を据える祭祀が行われる

ということになる。

ハニワニは本当に同じ言葉につながるのか。

まだ分からないけれど、

赤土・祭祀・丸邇という要素がこれだけ近い場所に集まっている

ことは、ひとまず覚えておきたい。

そして「ハニ」を追っているはずが、どうやら和邇氏まで出てきてしまった。

また一つ、調べるものが増えた。

参考

國學院大學 古典文化学事業「丸邇坂」
― 丸邇=埴(ハニ=赤土)の転訛説、「和邇佐の土」、丸邇坂での忌瓮祭祀について。

國學院大學 古典文化学事業「丸邇臣」
― 和邇・和珥・和爾・丸邇などの表記、丸邇臣の系譜・伝承について。

・『古事記』崇神天皇段
― 建波邇安王、丸邇臣祖・日子国夫玖命、丸邇坂の忌瓮について。

・『古事記』応神天皇段
― 「櫟井の和邇佐の土を……肌赤らけみ」の歌について。

「古事記におけるワニ氏の伝承」同志社大学学術リポジトリ

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