越:最古層のコシ族は牛族か?龍蛇族か?|二つのトーテム説を考える

最古層コシ族はどのような集団だったのか?

コシ族について調べていると、「を重視した集団として見る説と、「龍・蛇を重視した集団として見る説の両方が出てくる。

今回は、まずこの二つを分けてメモしておきたい。

※結論、龍蛇を調べていくと「」が重要な要素として現れた。

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コシ族=牛族という見方

コシ族を北方・大陸系の集団と見る説では、などの文化との関係が気になってくる。

糸魚川に残る奴奈川姫伝承には、大国主に乗り、土地の神に乗って競う話まで残っている。


<牛と馬の話>
奴奈川姫をめぐって大国主土地の神が争い、勝った者が姫を得ることに。

大国主土地の神に乗って駒ヶ岳から跳び比べをし、に乗った大国主が勝つ。

敗れた土地神のは最後にになったという伝承。

↓↓↓

在地の土地神+
vs
外来の大国主+

という構図

根知谷別所(べっしょ)山にの爪の痕(あと)の三つ刻まれある岩と、の足跡の一つ刻まれたる岩とあり。

奴奈川姫命に懸想したる土地の神が大国主命の来りたまひて姫を娶(めと)らんとしたまひしを憤り、大国主命の宮居へあばれ込み、論争の結果、山の高所より跳びくらべをなし勝ちしもの姫を得ることにせんと約す。

即ち土地の神は黒き青毛に跨(またが)り、大国主命に乗り給ひて、駒ヶ岳の絶頂に立つ。茲(ここ)に於(おい)て先づ土地の神馬に鞭をあててその絶頂より飛びしにかのの爪痕の残れる別所の一角に達す。

次に大国主命をはげまして飛びたまひしに、不思議にもの達せしところより二三町先なる地点に達したまふ。

之れ今日なほ牛の爪痕の残れる岩のあるところなり。

然るに土地の神この結果を見て更に大に憤り、今一度勝敗を争はん事を求む。大国主命快く諾ひたまふ。

仍て土地の神先づ憤激にまかせて、を飛ばせしが、天なる神の咎(とが)めやありけむ、僅(わず)かに駒ヶ岳の中腹に達せしのみにて、しかも毫(わずか)も動かず、そのままに化し了(おわ)る。

今なほ駒ヶ岳の中腹にの形をしたる岩石ありありと見ゆ、即ち之れなり。而して此の馬、石と化してもなほ時候の変り目などには折々寝返りをなすとは今日尚ほ土俗の信ずるところなり。

(引用:糸魚川市|奴奈川姫の伝説


メモ:気になるポイント→「黒き青毛

この伝承では「牛」は大国主側、「馬」は土地神側

ここで一度整理しておきたい。

この伝承では、

大国主

であり、

=もともとこの土地にいた神

として描かれている。

つまり、これをそのまま勢力の象徴として読むなら、コシの在地勢力=」ではない


むしろ伝承上では、

在地の土地神=
外から来た大国主

という配置になっている。


そう考えると、この奴奈川姫伝承は「コシ族牛族」の材料というより、

コシの古い在地勢力にの象徴があり、そこへを伴う大国主側の勢力が入ってきた

という可能性を考える材料にも見える。


さらに気になるのが、敗れた土地神のが最後にになるという部分。

単なる乗り物としての馬ではなく、土地神と結びつくそのものに何らかの象徴性があったのではないか、という点も今後追ってみたい。

コシ族=龍蛇族という見方

もう一方で強く気になるのが、龍蛇

『古事記』のヤマタノオロチには、別名として高志之八俣遠呂智という表記がある。

つまり記紀神話の中に、

高志 × 巨大な龍蛇

という直接的な組み合わせが残っている。


さらにコシ圏には、日本海河川湧水海人文化など、と結びつく伝承も多い。

ここでもうひとつ、軽く拾っておきたいのがイルカ

能登半島の真脇遺跡では、大量のイルカ骨が出土しており、コシ圏の古い海洋文化を考えるうえで気になる存在になっている。

 

また、塚田敬章氏のトーテム分類では、イルカは「」に関わるトーテム要素として挙げられている。

龍蛇

イルカ

水・海

という組み合わせを見ると、最古層のコシには、北方・大陸系だけではなく、海洋系・呉系の文化層も重なっていたのではないか、という点も気になっている。

このため今のところ、最古層を探るうえでは龍蛇系を中心に、イルカなどの海洋系トーテムもあわせて追ってみたい。

龍蛇・馬・牛は、同じ勢力の象徴なのか?

ここで考えておきたいのは、龍蛇を、すべて同じ「コシ族」の象徴としてまとめてよいのか、ということ。

奴奈川姫の伝承では、

在地の土地神=
外から来た大国主

という配置になっている。

つまり少なくともこの伝承だけを見るなら、コシの在地勢力側ではなく、大国主側の象徴として現れている。

一方、『古事記』には高志之八俣遠呂智という、高志龍蛇を直接結ぶ表現が残る。

さらに能登のイルカ文化や、塚田氏がイルカ呉系トーテムとして扱っている点まで加えると、最古層のコシには海・水・龍蛇イルカという一群の要素も見えてくる。

そう考えると、

最古層に見える龍蛇・海・イルカの層

を重視する在地の層

を伴う大国主側の層

は、最初から同じものではなかった可能性もある。


コシという名前で呼ばれた勢力が長い時間の中で入れ替わったり、別系統の集団が重なったりしたなら、

最古層の龍蛇・海洋系勢力

を重視する在地勢力

を伴う大国主側の勢力

というように、複数の層が重なっている可能性も考えられる。

もちろん、この順番がそのまま正しいとは限らない。

今の段階では「コシ族を重視していた」「牛族だった」「龍蛇族だった」と一つに決めるより、

どの時代のコシに、どの動物・神格の象徴が見えるのか

を分けて追ってみたい。

その中でも、龍蛇イルカ・水・海という組み合わせは、最古層のコシと海洋系文化との関係を考えるうえで、今後もう少し掘ってみたいところ。

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