「五十」と「オシ」は同じ言葉だった?という話

五十・忍・押 についてのお話(メモ)。

「五十(イソ/イ)」と「オシ」は同じ言葉だった?という説を聞いた事がありますか?

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「五十」と「オシ」は同じ言葉だった?という説

気になったきっかけは、日本の古代人名・神名で度々目にする

  • 五十
  • )※

※「排」はあんまり見かけないか

…という表記について、語源が同じだという説を見かけたこと。

で、詳しく調べてみた。

一見するとまったく違う漢字だけれど、

「五十」と「オシ」は、もともと近い音・名称を別の漢字で書いたのではないか という説。

この説を具体的に展開した人物の一人が、古代史研究者の畑井弘。

畑井は「五十(忍)王朝論」という形で、

五十=忍・押(オシ)

という対応を論じている。

韓国語の「五十」

現代韓国語の漢字語では、

  • 五=오(o)
  • 十=십(sip)
  • 五十=오십(osip)

となる。

日本語のカタカナで近く書けば、

オシプ

のような音になる。

この

五十=osip

と、日本古代の神名・人名に頻出する

オシ

との音の近さを手掛かりに、

「忍」「押」などは、もともとの「オシ」という名称に後から当てられた字ではないか、

という考え方がある。

ただし、ここは分けて考える必要がある。

  • 韓国語の漢字語で「五十=osip」なのは事実
  • 古代日本の「オシ」が、この osip と同じ語だったというのは説

という段階。

つまり、

五十=osip → オシ

という音変化そのものが、歴史言語学上の定説として確立しているわけではない。

そのため現時点では、

「五十」と「オシ」の音の類似を根拠の一つとして、畑井弘が両者の関係を論じている

くらいに整理しておくのがよさそう。

…という整理は建前で。

私はこの説をかなり推している。(オシだけに?!)

『日本書紀』で気になる例

この説を考えるうえで気になるのが、孝安天皇周辺の名前。

孝安天皇の和風諡号は、

日本足彦国押人天皇
(ヤマトタラシヒコクニオシヒト)

で、「押=オシ」が入っている。

皇后としては、

押媛(オシヒメ)

が登場する。

一方、『日本書紀』に載る別伝では、

十市県主五十坂彦の娘・五十坂媛

という女性が皇后候補として登場する。

つまり同じ孝安天皇の皇后伝承の中に、

  • 押媛
  • 五十坂媛

という「オシ系」と「五十系」の女性が並んでいる。

本文では「押媛」
第一の一書では「磯城県主葉江の娘 長媛」
第二の一書「十市県主五十坂彦の娘 五十坂媛」

同一人物なのか?二人いたのか?は不明。

これをもって即、

押=五十

と確定できるわけではないけれど、

「五十」と「オシ」を比較する材料としてはかなり興味深い。


ではなぜ「押」と「五十」の語源が もし同じ「オシ」なら、違う漢字をあてているか?

これは、皇后 それぞれの 出身部族が違うということを表しているのではないかしら?(あくまで仮説ね)

古代、女性の名前なんて残っていないと思うので。

オシを「五十」と認識する部族の女性と、そうじゃない部族の女性が皇后にいたってことではないか?

「五十坂」の「坂(サカ)」も気になるよね

<気になる理由>
消された南の島の物語|黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)の謎

「坂」を「サカ」と発音する部族と
「坂」を「ヒラ」と発音する部族(琉球系)がいたと

五十・忍・押 がつく名前|ざっくり一覧

五十

  • 五十猛
  • 五十鈴媛
  • 五十鈴依媛
  • 五十瓊敷入彦
  • 五十瓊殖(天皇)
  • 五十狭茅(天皇)
  • 海上五十狭茅
  • 五十坂彦
  • 五十坂媛
  • 五十狭城入彦

  • 天忍穂耳
  • 天忍日
  • 大事忍男
  • 風木津別之忍男
  • 天之忍男
  • 国忍富
  • 布忍富鳥鳴海
  • 天之忍許呂別

  • 天押日
  • 押媛
  • 青沼馬沼押比売
  • 石押分之子

  • 磐排別之子

五十・忍・押 がつく名前|もうすこし詳しく

五十猛神

五十猛命/五十猛神
イソタケル/イタケル

スサノオの子として『日本書紀』に登場。

「五十」をイソ、またはイと読む代表的な神名。


媛蹈鞴五十鈴媛命

ヒメタタライスズヒメ

神武天皇の皇后。

五十鈴の「五十」は「イ」と読まれる。


五十鈴依媛

イスズヨリヒメ

五十鈴媛の妹とされる女性。

こちらも「五十=イ」。


五十瓊敷入彦命

イニシキイリビコ

垂仁天皇の皇子。

「五十」が「イ」として名前の頭に入っている。


五十瓊殖(天皇)

イニエ

崇神天皇の「日本書紀」での名前、

御間城入彦五十瓊殖天皇
ミマキイリヒコイニエノスメラミコト

に含まれる。

五十狭茅(天皇)

イサチ

垂仁天皇の和風諡号、

活目入彦五十狭茅天皇
イクメイリビコイサチノスメラミコト

に含まれる。


海上五十狭茅

ウナカミノイサチ

生田神社に関わる伝承に登場する人物。

こちらも五十狭茅=イサチ。


五十坂彦

イサカヒコ

十市県主。

孝安天皇の皇后伝承に登場。


五十坂媛

イサカヒメ

五十坂彦の娘。

孝安天皇の皇后に関する異伝に登場する。


五十狭城入彦皇子

イサキイリビコ

景行天皇の皇子。


天忍穂耳命

アメノオシホミミ

天照大神の子で、ニニギの父。

皇統神話の重要な位置にいる「オシ」系の神。


天忍日命

アメノオシヒ

天孫降臨でニニギに従う神。

大伴氏の祖神とされる。

別表記として、

天押日命

がある。

つまり、

忍=押=オシ

という表記交換の実例になる。


大事忍男神

オオコトオシヲ

イザナギ・イザナミの神生みに登場する神。


風木津別之忍男神

カザモクツワケノオシヲ

こちらも神生みに登場。


天之忍男

アメノオシヲ

知訶島(五島列島)に対応する神名として登場する。


国忍富神

クニオシトミ

大国主の系譜に登場する神。


布忍富鳥鳴海神

ヌノオシトミトリナルミ

大国主系譜に登場する神。


天之忍許呂別

アメノオシコロワケ

国生みに関わる神名。


天押日命

アメノオシヒ

天忍日命の別表記。

今回のテーマでは、

同じオシに「忍」「押」が使われている

ことが重要。


押媛

オシヒメ

孝安天皇の皇后として登場。

別伝の五十坂媛との関係が気になる名前。


青沼馬沼押比売

アオヌマヌオシヒメ など

大国主系譜に登場する女神。


石押分之子

イワオシワクノコ

神武東征の吉野で登場する国つ神。

吉野の国栖の祖とされる。


磐排別之子

イワオシワクノコ

『日本書紀』で、古事記の

石押分之子

に対応する人物。

古事記では

押=オシ

日本書紀では

排=オシ

となっている。

つまり同じ人物・同じ「オシ」という音に、

という別の漢字が当てられている実例になる。

「五十」と「オシ」は同じ言葉だった?という話|まとめ

●古代の神名・人名には、「オシ」という名称要素がかなり多く出てくる。

●「オシ」には、
忍・押・排
など複数の漢字が使われている。

● 実際に、
天忍日=天押日
石押分=磐排別
のように、同じ「オシ」に別の字が使われる例がある。

●つまり、漢字の意味より先に、
「オシ」という音・名称があった
と考えた方が自然に見える。

●「五十」も古代名では、
イ・イソ・イサ
などと読まれており、単純な数字の「50」として使われている感じではない。

●韓国語では「五十」を
오십(osip/オシプ)
と読む。

●ここから、
五十とオシは、もともと近い言葉・名称だったのではないか
という説が出てくる。

●孝安天皇の皇后伝承には、
押媛

五十坂媛
が出てくる。

●さらに五十坂媛の父も
五十坂彦
なので、「五十坂」は個人名というより、
血族・集団・出自を表す名称
のようにも見える。

●『消された南の島の物語』では、
坂を「サカ」と呼ぶ側=大陸から朝鮮半島を経て入ってきた系統
と考えている。

●そうすると、
五十=osip
オシ
五十坂
サカを使う半島経由の集団
が、同じ方向を向いているように見えてくる。

●一方、五瀬命=イツセは「五十」ではなく「五」。
ここは五十・オシ系とは別に見た方がよさそう。


【今のところの要点】

「五十」「忍」「押」「排」は、漢字の違いよりも先に、古い音や名称があり、それを別々の字で書き表した可能性がある。

その中でも「五十」と「オシ」は、朝鮮半島系の言葉や集団とのつながりを考えると、かなり気になる組み合わせ。


【個人的仮説】

「五十」を使う氏族と、それ以外の「忍」「押」「排」を使う氏族を 区別しているのではないか?

例えば、「五十」は大陸から半島を経て日本に入ってきたチーム(「坂」を「サカ」と読むチームと同じ)

それ以外は、琉球系?というか南方系?(「坂」を「ヒラ」と読むチームと同じ)

追記:「五十」と「五」の違いについての仮説

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