東京・多摩市の小野神社 を訪れたとき、ずっと気になっていた神様がいる。
天下春命(アメノシタハルノミコト)。
小野神社では、瀬織津姫とともに祀られている神なのだけれど、調べても「結局、この神様は何の神なの?」というところが、いまひとつ見えてこなかった。
ところが、あとになって小野神社で撮った写真を見返していて、ふと思った。
天下春命って、もしかして「風」や「気象」に関係する神なんじゃないだろうか?
<関連記事>
・「五行」についての記事一覧
・「風と水」についての記事一覧
・「風神」についての記事一覧
・「瀬織津姫」についての記事一覧
・「ミズハノメ」についての記事一覧
目次
天表春命と天下春命
東京・多摩市の小野神社 に祀られている
天下春命(アメノシタハルノミコト)には、対になる神がいる。
天表春命(アメノウワハルノミコト)。

『先代旧事本紀』では、天表春命・天下春命はいずれも思兼神の子とされている。
名前を並べると、とてもきれいな対になっている。
天表春命 = ウワハル
天下春命 = シタハル
つまり、
ウワ(表・上・天界) ↔ シタ(下・下界・現世)
という上下の構造を持った二神である。
・
・
「表春」「下春」の「春」が何を意味するのかは、古くからよく分かっていないらしい。
ただ、この「春」という字を見ていて気になったことがある。
五行では「春・木・風・雷」がつながっている
(小野神社の「風神」)
中国の五行思想では、
木 = 東 = 春
という配当になる。
・
・
そして、五行そのものに「風」や「雷」という項目はないものの、古い中国思想では 木・春・風・雷はかなり近いところに置かれている。
『黄帝内経』には、
東方に風が生じ、風が木を生じる
という考え方が見える。
・
・
つまり、
春 → 木 → 東 → 風
は、古い自然観の中ではひとまとまりの世界だった。
さらに八卦では、五行の「木」に属する卦として、
震 = 雷
巽 = 風
が配される。
・
・
つまり「木」は、
風だけでなく、雷も含む世界
として捉えられている。
春に雷が鳴り、風が吹き、木々が芽吹く。
そう考えると、
春 = 木 = 東 = 風・雷
というまとまりが見えてくる。
だとすると、
「春」という字を持つウワハル・シタハルも、風や雷を含む気象に関係する神だったのでは?
という疑問が出てくる。
ウワハルとシタハルは「上の風・下の風」?
(小野神社の「雷神」)
さらに気になるのが、
ウワ(表・上)とシタ(下)。
・
・
日本語には「上風(うわかぜ)」という言葉があり、草木などの上を吹く風をいう。
一方、『万葉集』には「下風」という表記も見え、山の下から吹き出す風、嵐に関係する表現として使われている。
・
・
中国古典にも「上風」「下風」という風の方向を区別する言葉がある。
もちろん、
天表春命=上風
天下春命=下風
とそのまま置き換えられるわけではない。
・
・
けれど、
上側のハル(春)
下側のハル(春)
という二神の名前を、
上下二つの領域を動く「風・気」
として読むことはできないだろうか。
小野神社には「風神・雷神」がいる

そして、この疑問を強くしたのが小野神社の彫刻だった。
境内で撮った写真には、
風神・雷神を思わせる二体の鬼神
が彫られている。
・
・
風と雷。
つまり嵐である。
・
・
ここで先ほどの、
春 = 木 = 風・雷
というつながりを重ねると、かなり気になる。
天下春命を祀る神社に、
「木」に配される風と雷
そのもののような意匠がある。
さらに、小野神社でもう一柱祀られているのが、
瀬織津姫。
瀬織津姫は、瀬・水・流れ・祓いに関係する神である。
すると小野神社には、
瀬織津姫 = 水・流れ
天下春命 = 春・木・風雷?
風神・雷神 = 嵐
という組み合わせが見えてくる。
水と風と雷。
かなり「気象」っぽい。
父・思兼神も「気象神社」に祀られている
もうひとつ面白いのが、天表春命・天下春命の父とされる思兼神。
東京・高円寺の氷川神社境内にある気象神社では、八意思兼命が御祭神として祀られている。
現在「気象の神」として信仰されている思兼神の子が、
ウワハルとシタハル。
そして、その一柱を祀る小野神社には風神と雷神。
こうして並べてみると、天表春命・天下春命を気象、とくに風と雷に関係する神として見てみたくなる。
天表春命・天下春命は風を二つに分けた神だった?
今のところ私が一番気になっているのは、
天表春命 = 上方・天側を動く風や気
天下春命 = 下方・地表側を動く風や気
のような二神だった可能性。
あるいは高さではなく、
こちらから向こうへ流れる「気」の両側
を表していたのかもしれない。
そして「ハル」という音に春の字を当てたことで、
春=木=東=風・雷
という意味まで重ねられたのではないか。
そう考えると、
天表春命・天下春命という不思議な二柱の名前と、
瀬織津姫を祀る小野神社の風神・雷神が、少しだけ同じ景色の中に見えてくる。
「春」は本当に、季節の春だけを意味しているのだろうか。
小野神社で出会った天下春命から、しばらく「春と風と雷」を追いかけてみたいと思う。
追記|小野神社ではなぜ「天下春命」だけなのか?
ここまで考えていて、もうひとつ気になったことがある。
小野神社に祀られているのは、
天表春命+天下春命
という二神のセットではない。
祀られているのは、
天下春命+瀬織津姫
である。
もし天表春命・天下春命が、
天表春命 = 天・上側を動く風や気
天下春命 = 現世・下側に現れた風や気
という関係だったとしたら、この組み合わせには別の意味があるのかもしれない。
私が今気になっているのは、瀬織津姫の役割である。
瀬織津姫には、こちら側と向こう側をつなぐ「橋」のような性格も感じている。
けれど、それだけではなく、
天の力が現世に下りてきたときに生まれる、荒ぶる力を引き受ける神
だったのではないか、という気もしている。
風と水が働けば、
雨が降り、植物が育ち、穀物が実る。
その一方で、同じ風と水は、
暴風・豪雨・洪水・嵐
にもなる。
つまり、天から下りてきた気象の力には、
恵みをもたらす側
荒れ狂う側
という二つの顔がある。
そして国家祭祀の中では、
恵みとして現れた結果は、天皇や国家の祭祀によってもたらされたもの
として受け取られる一方、
災いとして現れた力は、祓いによって外へ流す
という構造が作られていったのではないか。
そこで瀬織津姫が出てくる。
中臣祓・大祓詞の中で瀬織津姫は、罪穢を川から海へと流していく神として現れる。
この姿を気象の側から見ると、
現世に現れてしまった「荒ぶる側」を受け持ち、外へ流して処理する神
とも読める。
すると、小野神社の
天下春命+瀬織津姫
という組み合わせは、
天下春命 = 現世に下りて働く風・気
瀬織津姫 = その力が荒ぶったときの処理・鎮め・祓い
というセットだった可能性まで考えたくなる。
一方で、天表春命はまだ天側にある風・気。
その段階で結びつく水は、瀬織津姫ではなく、
ミズハノメ
なのかもしれない。
仮に、
天表春命 = 天側の風・気
ミズハノメ = 天側の水・生成する水
↓
天下春命 = 現世に現れた風・気
瀬織津姫 = 現世で荒ぶった水・風を流し去る側
という上下の構造があったとしたら面白い。
この見方では瀬織津姫は、単純に天と地をつなぐ「橋」なのではなく、
天の力が現世に現れたあと、その荒魂的な部分を引き受ける神
ということになる。
良い雨、良い風、豊穣。
そうした「良い結果」は、国家・天皇の祭祀の成果として取り込まれる。
その一方で、
嵐・洪水・穢れ・災いは瀬織津姫が外へ流していく。
そんな役割分担があったのではないか。
小野神社で天表春命ではなく天下春命が祀られ、そこに瀬織津姫が並んでいることは、この「現世に現れた風と、その荒ぶる側」という構造を考えるうえで、かなり気になる。
・
・
【さらに追記】
この「良い結果は国家祭祀の側へ、荒ぶった側は瀬織津姫が処理する?」という構図について考えていたら、瀬織津姫がだんだん「めちゃくちゃ有能な中間管理職」に見えてきた。
就職氷河期世代として妙に既視感があったので、こちらは考察というより雑談として別記事にメモしている。
<関連記事>
・小野神社で思った。瀬織津姫って、めっちゃ有能な中間管理職みたいじゃない?|就職氷河期世代の雑感
<関連記事>
・「五行」についての記事一覧
・「風と水」についての記事一覧
・「風神」についての記事一覧
・「瀬織津姫」についての記事一覧
・「ミズハノメ」についての記事一覧
