『日本書紀』を見ていて気になった、垂仁天皇の夢。
垂仁天皇は、皇位継承前に「粟を食べる雀を追い払う」夢を見ている。
なぜ皇位を得る人物の夢に、穀物を食べる「雀」が登場するのか。
さらに調べていくと、
という、別々に見えていた話も気になってきた。
ひとまず、今の時点で考えていることをメモしておく。
<関連記事>
・「スズメ」についての記事一覧
・「トーテム」についての記事一覧
・「ミャオ族」についての記事一覧
・「塚田敬章説」についての記事一覧
目次
- 垂仁天皇が見た「雀を追い払う夢」
- この夢は「天下を治める」吉夢とされた
- なぜ「雀」が追い払われるのか?
- 「粟」と「雀」は、本当に敵同士なのか?
- 最初に「追い払われた」のは豊城入彦なのか?
- 豊城入彦は「追放」ではなく「東へ進んだ」?
- では「追い払われた雀」は誰なのか?
- 川越の雀ノ森氷川神社の伝承
- 狭穂彦なら、なぜ埼玉にいるのか?
- 豊城入彦と狭穂彦の話が混ざっている?
- 豊城入彦には「謀反役」を背負わせられなかった?
- ここに「多氏」が入ってくる
- 多氏には「二つの流れ」があった?
- 「追い払われた」のは古い多氏側だった?
- 「追い払う」という言葉も気になる
- 「太郎俊仁公」という名前も気になる
- これは「異民族との戦い」ではなく「同族争い」だった?
- 「神聖な雀」と「追い払われる雀」
垂仁天皇が見た「雀を追い払う夢」
垂仁天皇が見た、「粟を食べる雀を追い払う」夢という話を最初に聞いた時、一瞬「狭穂彦」の話かと思った。
何故なら、狭穂彦の伝承がある神社に「謎の雀」を見たから。↓↓↓
<参考記事>
・雀ノ森氷川神社の「雀」は狭穂彦と関係するのか?
でも、違った。この夢の話は「豊城入彦」の話だった。
ただ、直接的に書かれてはいなが、「狭穂彦」も関係ありそう…?
・
・
『日本書紀』崇神天皇紀には、後継者を決める際の夢の話はこのような話。↓↓↓
崇神天皇は、後継者を決めるため、
豊城命(豊城入彦)
と、
活目尊(イクメ=のちの垂仁天皇)
の二人に夢を見させる。
そして翌日、それぞれが見た夢の内容を聞き、その意味を判断した。
この活目尊が見た夢が、
御諸山に登り、
四方に縄を張り、
粟を食べる雀を追い払う
というものだった。
つまり、
粟
+
雀
+
追い払う
という組み合わせ。
この夢は「天下を治める」吉夢とされた
崇神天皇は、この夢を皇位継承にふさわしい吉夢と判断する。
四方に縄を張ることは、
四方を治めること。
そして、
粟を食べる雀を追い払うこと
も、その統治を象徴するものとして解釈される。
・
・
その結果、
活目尊=のちの垂仁天皇
が皇太子となり、
豊城入彦は、王位を継承する側には選ばれなかった。
ただし、この時点で豊城入彦が 王権から追放されたわけではない。
豊城入彦が見た夢は「御諸山に登って東を向き、武器を振るう」というもので、
崇神天皇はこれを、東国を治める兆しと判断している。
つまり、この場面だけを見るなら、
活目尊
→ 王位を継ぐ
豊城入彦
→ 東国を治める
という役割分担に近い。
そのため、
「雀を追い払う夢」
=
豊城入彦が中央から追い払われたこと
と、そのまま重ねてよいのかは少し気になる。
(追い払うのは別の存在?)
・
・
つまり、
雀を追い払う夢
↓
王になる資格を示す夢
として物語の中に置かれている。
なぜ「雀」が追い払われるのか?
ここで気になるのが、
なぜ雀なのか?
ということ。
雀は現実の農耕社会では、
粟や稲を食べる害鳥
でもある。
そのため、
穀物を守る王
↓
穀物を食べる雀を追い払う
という説明は分かりやすい。
ただ、古い伝承を見ていくと、雀は単なる害鳥としてだけ登場するわけではない。
『古事記』の天若日子の葬儀では、
雀=碓女(ウスメ)
として、
穀物を搗く役
を担当する。
また、中国南部のミャオ族周辺には、
鳥が穀物を人間にもたらす
という伝承があり、その鳥として雀が登場する例もある。
つまり雀には、
穀物をもたらす鳥
という顔と、
穀物を食べる害鳥
という、まったく逆の顔がある。
ここが気になる。
「粟」と「雀」は、本当に敵同士なのか?
さらに気になるのが、
粟
と
雀
の関係。
夢の中だけを見ると、
粟を守る側
vs
粟を食べる雀
なので、完全な敵対関係に見える。
ただ、塚田敬章氏の整理では、
粟
も、
雀
も、
ミャオ族や呉系楚人につながる文化要素の中に挙げられている。
さらに塚田氏は、
として整理している。
<参考>
・中国、朝鮮史から見える日本|塚田敬章
・縄文の逆襲、3|塚田敬章
もしこの整理を使って読むなら、
粟=ある文化圏
と、
雀=別文化圏
の争いというより、
同じ大きな文化圏の中にいた別の支族・集団同士の争い
だった可能性も考えたくなる。
つまり、
粟を象徴とする集団
と、
雀を象徴とする集団
が、
同じ大きな文化圏の内部で対立していたのではないか。
そんな読み方も気になる。
最初に「追い払われた」のは豊城入彦なのか?
ここで一度、最初の夢の場面に戻りたい。
垂仁天皇と皇位を争った相手は、
豊城入彦。
そのため、
雀を追い払う
=
豊城入彦を追い払う
と読むこともできそうに見える。
実際、私も最初はそう考えた。
・
・
ただ、ここに少し引っかかる。
豊城入彦は、本当に「追い払われた」のだろうか?
豊城入彦は皇位には就かなかった。
しかし、その後の伝承では、
上毛野氏・下毛野氏の祖
となり、東国を治める側の人物として語られていく。
・
・
つまり、
皇位争いに負けて東国へ逃げた
というより、
王権の中で東国経営を担う側へ回った
ようにも見える。
・
・
豊城入彦の系統は、東国で消えてしまったどころか、
毛野氏という大きな勢力 につながっていく。
そう考えると、
豊城入彦=夢の中で追い払われた雀
と単純に考えることには、少し違和感が出てくる。
豊城入彦は「追放」ではなく「東へ進んだ」?
むしろ豊城入彦側は、
追い払われた
というより、
東へ進出した
と考えた方が自然なのではないか。
・
・
毛野氏は、上野・下野を中心に東国へ大きく展開する。
さらに武蔵の埼玉古墳群などを見ていると、
古代の東国には、大和王権と深く関係しながら活動する非常に大きな勢力が存在していたことが分かる。
・
・
ここで私が気になっているのは、
埼玉古墳群=上毛野氏
と直接結びつけることではない。
もっと大きな、
多氏・太氏系の東国ネットワーク
として見られないか、ということ。
・
・
豊城入彦は、その中の
毛野側の一系統
だったのではないか。
そう考えると、
豊城入彦は「追い払われた人」ではなく、東国へ進んで勢力を拡大した人
という見方もできる。
では「追い払われた雀」は誰なのか?
そこで、もう一人浮かんでくるのが、狭穂彦。
垂仁天皇即位後、
が反乱を起こす。
狭穂彦王は、妹の狭穂姫とともに物語の中心に登場し、
最後は、
垂仁天皇側に敗れる。
こちらは豊城入彦とは違い、
王権と明確に対立し、中央から排除される側
として描かれている。
すると、
皇位継承前の垂仁天皇
↓
「雀を追い払う夢」
そして後に、
垂仁天皇
↓
狭穂彦勢力を排除する
という流れが気になってくる。
もしかすると、
夢の中で追い払われる「雀」
は、
皇位争いの相手だった豊城入彦ではなく、
後に垂仁王権によって排除される狭穂彦側の勢力
を先に象徴していたのではないか。
川越の雀ノ森氷川神社の伝承
ここで気になるのが、川越の雀ノ森氷川神社。
<関連記事>
・雀ノ森氷川神社の「雀」は狭穂彦と関係するのか?
この神社には、
太郎俊仁公
という人物に関する伝承がある。
太郎俊仁公は、
謀反を起こし、
都から東国へ逃れ、
川越付近へやって来た人物
として語られている。
・
・
この人物については、
狭穂彦王ではないか
という説がある。
・
・
ただし、
太郎俊仁公=狭穂彦
と伝承そのものに明記されているわけではない。
あくまで後世の比定。
ここが、ずっと引っかかっている。
狭穂彦なら、なぜ埼玉にいるのか?
狭穂彦は、記紀では大和で反乱を起こし、稲城で敗れて死ぬ。(自害)
そのため、
なぜ狭穂彦が埼玉まで逃げてきたことになっているのか?
が、よく分からない。
・
・
一方、東国へ向かう人物 として圧倒的に分かりやすいのは、
豊城入彦。
・
・
そのため、
もし川越の太郎俊仁公の伝承が、
狭穂彦ではなく豊城入彦に関係する伝承だったら、
ものすごくすっきりするのに
とも思う。
・
・
ただし、今度は逆に、
豊城入彦には「謀反人」という要素が合わない。
ここが面白い。
豊城入彦と狭穂彦の話が混ざっている?
川越の太郎俊仁公は、謀反を起こす
という点では、狭穂彦 に似ている。
・
・
しかし、東国へ移動する という点では、
豊城入彦 に似ている。
・
・
さらに、
雀ノ森 という「雀」の名まで残る。
・
・
つまり、この伝承には、
狭穂彦の「謀反」
と、
豊城入彦の「東国」
が、
一人の人物の中に重なっているようにも見える。
もしかすると、
豊城入彦と狭穂彦は、
まったく無関係な勢力だったのではなく、
同じ大きな系統の別支族だったのではないか。
そんな可能性も気になっている。
豊城入彦には「謀反役」を背負わせられなかった?
ここからはさらに想像になる。
もし豊城入彦と狭穂彦が、同じ大きな系統に属していたとする。
・
・
その勢力が垂仁王権と対立したとしても、
豊城入彦本人を「謀反人」として描くことは難しかった
可能性もある。
・
・
なぜなら豊城入彦は、毛野氏の祖として残る人物だから。
後世まで続く東国の有力氏族の祖を、
天皇に謀反し、滅ぼされた人物 としてしまうのは都合が悪い。
・
・
そこで、
東国へ進み、後裔を残す祖
という役割を豊城入彦が持ち、
一方で、
王権に反乱し、敗れて消える側
という役割を 狭穂彦 が担った。
・
・
もしそうだとすれば、
豊城入彦と狭穂彦は別人でありながら、
同じ勢力の二つの物語
だった可能性も考えられる。
ここに「多氏」が入ってくる
さらに気になるのが、
多氏・太氏 との関係。
多氏は、古代大和の非常に古い氏族の一つ。
一般的な系譜では神八井耳命を祖とするが、
椎根津彦・大倭氏・多氏を、より古い同系統の勢力として見る説もある。
・
・
また、彦坐王や狭穂彦周辺を、
太(大)氏・十市氏系の古い勢力
として再構成する説もある。
・
・
この見方を使うと、
狭穂彦側
=
古い多・太氏系
という可能性が出てくる。
一方、
豊城入彦
からつながる毛野氏についても、多・太氏との関係が気になる。
・
・
私が参考にしているヒルコさんの話では、
群馬の高橋・川田などの系統を多氏とし、
男子の名前に「太」を入れる
という伝承が語られている。
・
・
つまり、
豊城入彦 → 毛野
の側にも、
多・太氏
とのつながりが見えてくる。
・
・
すると、
豊城入彦
と
狭穂彦
は、
やはり全く別の文化圏ではなく、
同じ「多・太」系の大きな集団から分かれた別枝
だったのではないか、
という疑問が出てくる。
多氏には「二つの流れ」があった?
今のところ、私は多氏を一枚岩ではなく、
少なくとも二つほどの流れ
に分けて考えている。
・
・
一つは、
丹波・丹後方面から大和へ入った古い多氏系。
丹後には海部氏がおり、椎根津彦や火明系とのつながりも気になる。
<関連記事>
・彦坐王と海部氏はつながる?|丹波道主命と彦火明命の不思議な重なり
・
・
この古い流れの先に、
の系統があったのではないか。
・
・
こちらを仮に、
古い呉系・ミャオ系の多氏
として置いてみる。
もう一つは、
九州方面から大和へ入り、
その後東国へ展開した多氏系。
こちらには、
豊城入彦
↓
毛野氏
↓
上野・下野
という流れが重なる。
塚田敬章氏の整理では、
毛野氏はミャオ系
とされている。
こちらは、
呉系楚人・ミャオ系の多氏
として見ることもできるのではないか。
つまり、
① 九州方面から入った多氏系
→ 豊城入彦
→ 毛野
→ 東国へ進出
② 丹波・丹後方面から入った古い多氏系
→ 彦坐王
→ 狭穂彦
→ 垂仁王権との対立で排除
という二つの流れ。
そして、
②の方が先に大和にいた古い勢力だったのではないか
と考えている。
「追い払われた」のは古い多氏側だった?
この二つを分けると、
垂仁天皇の夢の見え方も変わってくる。
最初は、
垂仁が雀を追い払う
↓
皇位争いの相手・豊城入彦が東国へ行く
だから、
豊城入彦=追い払われた雀
なのかと思っていた。
しかし、
豊城入彦は実際には、
東国へ追放されて消えたわけではない。
むしろ、
東国へ進み、
毛野氏という大きな勢力につながっていく。
一方、
狭穂彦側は、
王権に抵抗し、
中央から排除される。
だとすれば、
「雀を追い払う」
という夢が象徴しているのは、
豊城入彦ではなく、
より古くから大和にいた狭穂彦側の多氏勢力
だったのではないか。
という疑問が出てくる。
「追い払う」という言葉も気になる
ここで改めて気になるのが、
雀を「殺す」のではなく、「追い払う」
という表現。
もし単なる害鳥退治の話であれば、
捕らえる
殺す
といった表現でもよさそう。
ところが夢の中では、
雀をその場所から退かせる
という形になっている。
もし雀が何らかの氏族・集団を象徴していたとすれば、
古い勢力を完全に消滅させるのではなく、
大和王権の中心から外へ押し出す
という意味に読めないだろうか。
そして、その追われた勢力の一部が、
すでに同系の人々が進出していた東国へ移った
のだとすれば、
川越の雀ノ森に、
謀反人が大和から東国へ逃れてきた
という伝承が残ることも、
少し分かりやすくなる。
「太郎俊仁公」という名前も気になる
雀ノ森氷川神社の伝承に登場する、
太郎俊仁公。
この名前も気になる。
まず、
太郎
の「太」。
そして、
俊仁
の「仁」。
ヒルコさんの話では、
仁=イニ
という音が重要視され、
イニエ王
や、
垂仁
の「仁」とも関係するものとして語られている。
すると、
太
+
仁
を持つ、
太郎俊仁公
という名前そのものが、
多・太氏やイニ系の記憶を残している可能性も気になってくる。
もちろん後世の名前である可能性もある。
それでも、
雀ノ森
+
謀反
+
東国
+
太
+
仁
という組み合わせは、
今後も覚えておきたい。
これは「異民族との戦い」ではなく「同族争い」だった?
ここまで考えると、
粟を食う雀を追い払う
という夢は、
単純な、
王権 vs 外敵
ではなく、
近い文化を持つ勢力同士の内部対立
を象徴していた可能性も考えたくなる。
大きく見れば、
多・太氏
という共通の古い系統があり、
そこから、
大和に早く入った古い枝
と、
後から入り、王権側と協調しながら東国へ展開した枝
に分かれた。
そのうち、
古い大和側の枝が狭穂彦として「謀反人」の役割を負い、排除された。
一方、
豊城入彦側は王権と決定的には対立せず、
東国へ進出して毛野氏として残った。
そんな構図も考えられる。
「神聖な雀」と「追い払われる雀」
雀を追っていると、
同じ鳥が、
穀物をもたらす鳥・穀物祭祀に関わる鳥
として現れる一方、
穀物を食べる害鳥
としても現れる。
つまり、
神聖な雀
と、
追い払われる雀
という二つの顔がある。
もし古代の勢力交代が神話の中に反映されているなら、
ある集団にとって神聖だった雀が、
別の王権側から「追い払う対象」として描かれた
可能性もあるのか。
そして、その雀側に、
多・太氏
ミャオ系
粟
東国
といった要素が重なるのだとすれば、
垂仁天皇の夢は、
単なる「農作物を守る王」の夢ではなく、
古い勢力を王権の中心から退かせる物語
として読める可能性もある。
今のところ、
「粟を食う雀」
「雀を追い払う垂仁天皇」
「追い払われたとは限らない豊城入彦」
「垂仁に敗れる狭穂彦」
「豊城入彦と狭穂彦をつなぐかもしれない多・太氏」
「川越の雀ノ森に残る太郎俊仁公の伝承」
このあたりを、一つのまとまりとして今後も追っておきたい。
<関連記事>
・「スズメ」についての記事一覧
・「トーテム」についての記事一覧
・「ミャオ族」についての記事一覧
・「塚田敬章説」についての記事一覧

