ミャオ族の「十二個の卵」は古い氏族連合の記憶?|龍・水牛・虎・蛇・雷公…を追う

ミャオ族の創世神話『苗族古歌』に登場する、十二個の卵 について。

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十二個の卵から「十二兄弟」が生まれる

『苗族古歌』では、蝴蝶媽媽(蝶の姿をした母なる始祖神)の 妹榜妹留メイパンメイリュウ が水泡と結ばれて十二個の卵を産み、鹡宇鳥セキウチョウが十二年かけてカエしたとされる。

そこから生まれたのが、

  1. 姜央キョウオウ:人類としてのミャオ族の始祖 ※
    ※(蚩尤と同源・同一とみる説あり)
  2. 雷公
  3. 龍王/水龍
  4. 牛/水牛
  5. 蜈蚣ゴコウ(ムカデ)
  6. 山猫

の十二兄弟。

彼らは、単に同じ場所で暮らすのではなく、「誰が長兄か」を争い、その後それぞれ別の場所へ分かれていく。


ここで気になるのは、

なぜ、この十二種類なのか?

ということ。

一般には、

人・神・動物が同じ母から生まれた「万物同源」の神話

として説明される。

ただし苗族には、実際に

龍・牛・羊・鶏・

などを氏族・支系の象徴としてきた例が残っている。

そのため、十二兄弟の中に、

もともと異なる祖先・トーテムを持っていた複数の支系や集団の記憶が重なっているのではないか

鹡宇鳥(セキウチョウ)とは

12個の卵の前に、その卵を孵した「鹡宇鳥(セキウチョウ)」について。

鹡宇鳥は、ミャオ族の創世神話に登場する神鳥。蝴蝶媽媽が産んだ十二個の卵を孵し、姜央・龍・水牛・雷公などを誕生させたとされる。

ハクセキレイ

」は、日本でいうと「セキレイ(鶺鴒、鶺䴇)」を指すが、ここでいう「鹡宇鳥(セキウチョウ)」は、神話上の神鳥となる。

① 姜央|人間側=苗族の祖

姜央キョウオウは、十二兄弟の中で人間側を代表する存在

『苗族古歌』では、後に苗族・人類の始祖として扱われる。

つまり十二兄弟を、

異なる支系・集団の祖先

として読むなら、

姜央はその中の

「人間=苗族側」の中心祖

にあたる。

ただし、十二兄弟の全員が姜央の子孫なのではない。

龍・牛・虎などは、

姜央と同じ蝴蝶媽媽から生まれた「兄弟」

として置かれている。

ここがこの神話の重要なところだと思う。

② 雷公|雷・天空・裁判を担う勢力?

雷公ライコウも、姜央と同じ卵から生まれた兄弟。

『弟兄分居』では、

「自分こそ長兄」

と主張し、姜央たちと序列を争う。

また苗族の伝承では雷公は、

雷・天空

だけでなく、

裁判

境界争い

善悪の判断

などにも関わる存在として現れる。

そのため、

権威・裁定・統治を担った集団の記憶

が重なっている可能性も気になる。

ただし現時点では、

「雷公=特定の苗族支系」

と対応させられる資料までは確認できていない。

なお、侗族にも雷神信仰があり、龍・蛇・雷・水神などが重要な信仰対象になっている。

そのため雷公については、

苗族内部の一支系だけではなく、中国南部の複数民族に共有された古い雷神文化

との比較も必要になりそう。

③ 龍王・水龍|龍トーテムの苗族支系

十二兄弟の中で、かなり具体的な支系との対応が見えるのが

龍王/水龍リュウオウ/スイリュウ

苗族には実際に、

龍を保護神・トーテムとする支系

が存在する。

西部方言では龍を「繞・讓」に近い音で呼び、

蒙繞

姆繞

卯讓

などの苗姓について、

龍をトーテムとしていた支系から生まれた姓

とする研究がある。

現在も「接龍」「安龍」などの習俗を残すという。

また紅苗では、

龍・鳳

が氏族象徴とされる例もある。

そのため十二兄弟の水龍は、

龍を祖先・守護神とした古い苗族支系

の記憶を残している可能性がかなり気になる。

さらに侗族でも、

龍・蛇

は主要なトーテム。

つまり龍は、

苗族だけで完結する記号ではなく、中国南部の複数民族・支系にまたがる古い水系トーテム

だった可能性もありそう。

④ 象|南方世界を象徴する集団?

ゾウも十二兄弟の一体。

中国南部は古くから象が生息した地域であり、

「象」という存在そのものが、

南方の自然環境

を強く感じさせる。

ただし今回調べた範囲では、

「象をトーテムとした特定の苗族支系」

までは確認できなかった。

そのため現時点では、

象=○○族

とは置かず、

十二兄弟の中に南方系の大型動物である象が含まれている

こと自体をメモしておきたい。

もし十二兄弟が複数集団の記憶を含んでいるなら、

象についても今後、

中国南部・東南アジア系民族の象信仰

と照合してみたい。

⑤ 牛・水牛|姜央とは別の「兄弟支系」

十二兄弟の中で、現在もっとも重要に思えるのが

牛/水牛ウシ/スイギュウ

苗族文化研究者・楊文斌は、

「苗族始祖姜央と牛は兄弟支系」

と説明している。

つまり、

姜央=苗族祖

に対して、

牛=別の兄弟支系

という読みが、実際に提示されている。

しかも苗族では、

牛頭

牛角

水牛

が非常に重要な祭祀・装飾モチーフ。

鼓蔵節などの祖先祭祀にも牛が深く関わる。

そのため十二兄弟の水牛については、

農耕・土地・祖霊・牛祭祀を担った古い支系

が神話化された可能性をかなり考えたくなる。

ただし楊文斌は、

牛そのものを苗族全体の始祖トーテムとはせず、姜央とは「兄弟支系」

と区別している。

ここはかなり重要。

⑥ 羊|実際に「羊トーテム」の苗族支系がある

ヒツジは、今回調べていてかなり面白かった。

苗族の姓の形成を扱った研究では、

西部方言で羊・山羊を

「雌」

と呼び、

蒙雌

卯蚩

姆赤

などの苗姓について、

羊と深く関わる支系だったため、羊をトーテムとして崇拝し、その名を姓にした可能性

が説明されている。

つまり、

十二兄弟の「羊」

と、

実際に存在する羊トーテム系の苗族支系

が対応する可能性がある。

龍と同じく、

「十二兄弟=古い氏族・支系の記憶」

という見方を支える材料の一つになりそう。

⑦ 鶏|貴州西部苗族のトーテム

ニワトリについても、かなり直接的な材料がある。

中国国家民族事務委員会の苗族紹介では、

貴州西部の苗族は鶏をトーテムとしている

と説明されている。

つまり十二兄弟に「鶏」がいることと、

実際に鶏を氏族・支系の象徴としてきた苗族

が存在することが重なる。

鶏は、

太陽

夜明け

祖先祭祀

とも結びつきやすい存在。

十二個の卵から生まれる創世神話の中に、

卵を産む鳥である鶏

が兄弟として含まれる点も気になる。

⑧ 蛇|苗族だけでなく侗族・布依族にも広がる古いトーテム

ヘビについては、

特定の苗族支系との一対一対応はまだ確認できていない。

ただし中国南部では、

蛇トーテムそのものが非常に古く、広い。

侗族では、

龍・蛇

が主要トーテム。

家や墓の蛇を、

祖先の化身

として保護する習俗もある。

また布依族にも蛇トーテムがあり、

蛇と龍をほぼ同系の存在

として扱う例がある。

つまり十二兄弟の蛇は、

苗族内部の一支系だけを指すというより、中国南部の古い蛇・龍系集団

との関係を考えた方がよいのかもしれない。

古歌では蛇が、

田の土手・境界

へ分居する。

さらに蛇から

蛊毒

が生じるという伝承もあり、

土地・境界・毒・巫術

との関係も強い。

⑨ 蜈蚣|苗族刺繍に残る「ムカデ」のトーテム

蜈蚣ゴコウはムカデのこと。

十二兄弟の中ではかなり異質に見える存在だけど、

苗族文化では蜈蚣は現在も消えていない。

都柳江流域の苗族支系の刺繍には、

太陽

鳥頭龍

鹡宇鳥

枫葉

蝴蝶

水甲虫

蜈蚣

などが、トーテム的な図像として残る。

つまり蜈蚣も、

古歌の中だけに登場する奇妙な虫

ではなく、

苗族の視覚文化・トーテム表現に残り続けた存在

ではある。

ただし現時点では、

蜈蚣=特定の苗族支系

とするところまでは確認できていない。

毒を持つ生物という点では、

蛇・蛊毒・巫術

との関係も今後見てみたい。

⑩ 山猫|対応する支系は今のところ不明

山猫ヤマネコも十二兄弟の一体。

ただし今回調べた範囲では、

山猫をトーテムとする特定の苗族支系

や、

周辺民族との明確な対応

までは確認できなかった。

虎と近い、

山地・森林・狩猟

の領域に属する存在として見ることはできるが、

現時点では無理に、

山猫=○○族

とは置かないでおく。

むしろ、

なぜ虎とは別に「山猫」が一兄弟として数えられているのか

という点を、今後の宿題として残しておきたい。

⑪ 虎|山地の祖先・移住祖との関係

トラについても、

龍・羊ほど明確な「虎姓=虎支系」は今のところ確認できていない。

ただし苗族伝承では、

虎飛賢

卯虎飛

寅虎飛

など、

「虎」

を含む移住祖・始祖名が複数現れる。

また『弟兄分居』では虎は、

自分が一番強い

と主張し、

最終的に

山野

へ分かれていく。

そのため、

山地・狩猟・武力を担う支系

の象徴だった可能性が気になる。

十二兄弟の中で、

虎=山野

龍=水

雷公=天空

蛇=田境

のように生活領域が分けられていること自体も興味深い。

⑫ 犬|苗族の盤瓠系、さらにヤオ族へつながる

イヌは、周辺民族との対応を見るうえでかなり重要。

苗族の中でも、

湘西・鄂西・川東・黔東北などの一部苗族

には、

盤瓠(ばんこ)=神犬

を祖先・トーテムとする伝承が残る。

つまり十二兄弟の「犬」と、

実際の犬祖先系苗族

が重なる可能性がある。

さらに犬トーテムは、

ヤオ族

との関係でも非常に重要。

ヤオ族では、

盤王

盤瓠

龍犬

が祖先伝承の中心にあり、

現在も盤王節で祖先を祭る。

そのため十二兄弟の犬については、

苗族内部の盤瓠系支族

だけではなく、

ミャオ・ヤオにまたがる古い犬祖先集団

との関係まで考えたくなる。

十二兄弟の中では、

現在の別民族・別支系との対応を考える材料がかなり強い存在

だと思う。

十二兄弟と氏族・民族の対応を整理すると

今のところ、対応の強さを整理すると、

姜央
→ 苗族・人間側の祖

龍/水龍
→ 龍をトーテムとする苗族支系が実在
→ 紅苗の龍・鳳象徴
→ 侗族の龍・蛇トーテムとも比較可能

牛/水牛
→ 姜央とは「兄弟支系」とする説明あり
→ 牛を重要視する苗族支系・祖先祭祀


→ 羊をトーテムとし、羊名から姓を作った苗族支系の説あり


→ 貴州西部苗族のトーテム


→ 苗族の盤瓠系支族
→ ヤオ族の盤王・盤瓠・龍犬信仰とも強く重なる


→ 苗族の始祖・移住祖名に「虎」
→ 山地・武力系の象徴?


→ 苗族では支系未特定
→ 侗族・布依族の主要トーテムと比較可能
→ 土地・境界・毒・巫術

蜈蚣
→ 苗族刺繍のトーテム的図像として残る
→ 特定支系は未確認

雷公
→ 天空・裁判・権威
→ 特定支系は未確認


→ 十二兄弟の一体
→ 特定支系は未確認

山猫
→ 十二兄弟の一体
→ 特定支系は未確認

こうして見ると、

十二種類すべてを現在の十二支系に一対一対応させることはできない。

ただし、

については、

実際に苗族内部の支系・トーテム・姓・祖先信仰との対応がかなり見える。

さらに犬はヤオ族、

龍・蛇は侗族や布依族など、

ミャオ族の外側にいる周辺民族の祖先信仰

とも重なっている。

十二兄弟=古い氏族連合の記憶?

ここまでを見ると、

十二兄弟=十二種類の動物を適当に並べた創世神話

とは少し考えにくくなってくる。

十二兄弟は、

同じ蝴蝶媽媽から生まれる

「兄弟」とされる

誰が長兄かを争う

最後には別々の場所へ分かれて暮らす

という構造になっている。

さらに現実の苗族社会には、

龍系

牛系

羊系

鶏系

犬系

など、

異なる動物を重要な氏族象徴としてきた支系が存在する。

そのため、

もともと異なるトーテム・祖先・生活圏を持っていた複数集団を、
「同じ母から生まれた兄弟」として統合した神話

だった可能性も考えたくなる。

そしてその一部が後に、

苗族内部の別支系

となったのか。

あるいは、

ヤオ族・侗族・布依族など周辺の別民族

として分かれていったのか。

十二兄弟の神話には、

中国南部の古い氏族・民族連合が分化していく記憶

まで重なっている可能性もあるのではないか。

今のところのメモ

十二兄弟すべてを特定の民族へ対応させることは、今のところできない。

ただ、

龍=龍トーテム苗族支系

牛=姜央とは別の「兄弟支系」

羊=羊をトーテムとする苗族支系

鶏=貴州西部苗族

犬=盤瓠系苗族・ヤオ族

など、

神話の兄弟と現実の氏族・民族構造が重なる例

はすでにいくつか確認できる。

そのため、

十二個の卵から生まれた十二兄弟は、
異なるトーテムを持つ古い氏族・支系を「兄弟」としてまとめた記憶ではないか

という点は、今後も追ってみたい。

特に未解決なのが、

山猫

蜈蚣

雷公

の四つ。

この四者について、

現在の苗族支系・周辺民族・古い中国南部民族

との対応が見つかれば、

十二兄弟の構造がもう少しはっきりしてくるかもしれない。

参考資料

・『苗族古歌:苗漢対照』「十二個の蛋」「弟兄分居」
・中国国家民族事務委員会「苗族―風俗文化」
・貴州非物質文化遺産関連資料「文化延续与时代时尚―杨文斌访谈」
・苗族姓氏・図騰研究資料
・貴州省人大「苗繍:針線写就的『無字天書』」
・懐化市民族宗教事務局「侗族」
・江華瑶族自治県「瑶文化」

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