「ミケ」という音について気になること。
きっかけは、越前・敦賀の気比神宮の伊奢沙別命(御食津大神)について調べていたことだった。
一般には「ミケ」は御食・御饌、つまり神や天皇に供える食物と解釈される。
ところが一方、塚田氏のサイトでは、土家族と結びつけるビツカ/ビッカ(ミッケ)という音から、
ビッカ(ミッケ) → ミカ・ミケ
へ転訛したのではないか、という説が示されている。塚田氏は別のページで筑後の「三毛」についても、「ミカ、ミケは越系の地名」と分類している。
もしそうなら、日本に残る「ミケ」は、すべてを単純に「御+食」と考えるだけでいいのだろうか。
現時点で気になっている「ミケ」を、いったん整理しておく。
目次
日本語の「ミケ」=御食・御饌
古代日本の「御食(ミケ)」は、神への供物・神饌、あるいは天皇の食物を意味する。
一般的には、
ミ=敬意を表す接頭語「御」 ケ=食物・食事
と解釈される。
万葉集にも「御食」「大御食」「御食つ国」などの用例があり、古代の祭祀や王権と食物が強く結びついていたことがわかる。
この「御食」そのものについては別記事で整理する。
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・「ミケ=御食」とは?|古代日本の「ケ」と食物
気比神宮の御食津大神
福井県敦賀市の気比神宮の主祭神伊奢沙別命は、別名を御食津大神(ミケツオオカミ)という。
『古事記』では、応神天皇に御食となる魚を与えたことから「御食津大神」と称された、という由来が語られている。
現在の気比神宮も、伊奢沙別命を食物を司る神としている。
<関連記事>
・気比神宮の伊奢沙別命はなぜ「御食津大神」なのか?
塚田氏の「ビッカ(ミッケ)→ミケ」説
もう一つ気になるのが、塚田氏が示している民族名・地名としての「ミケ」である。
塚田氏は、閩越・東越の住民をトゥチャ(ミンチャ)族中心と推定し、土家族=ビツカ族について、
ビッカ(ミッケ) → ミカ・ミケ
と転訛したのではないかとしている。
さらに筑後の三毛についても「ミカ、ミケは越系の地名」としている。
つまり塚田氏の説に従えば、「ミケ」は食物を意味する日本語とは別に、集団名や地名に由来する音だった可能性も出てくる。
<関連記事>
・ビッカ(ミッケ)はミケになった?|塚田氏の「ミカ・ミケ」音説
神武兄弟にも「ミケ」がいる
さらに気になるのが神武天皇の兄弟である。
『古事記』には、
御毛沼命(ミケヌノミコト)
がおり、その弟である神武天皇自身にも、
若御毛沼命(ワカミケヌノミコト) 豊御毛沼命(トヨミケヌノミコト)
という別名がある。
『日本書紀』では兄の御毛沼命は三毛入野命などと表記される。
一般的には、ここでも「ミケ」は食物と解釈される。
ただ、兄弟二人に「ミケ」という音が重なっていること、さらに塚田氏が「ミケ」を越系地名として扱っていることを考えると、別の見方も残しておきたい。
<関連記事>
・神武兄弟に「ミケ」が二人いる|御毛沼命と若御毛沼命
気比神宮では「ミケ」と「土」が並ぶ
もう一つ別の方向へつながってしまった。
気比神宮には、伊奢沙別命が降臨した場所とされる土公が残っている。
塚田氏は、
御食津大神=后稷 土公=后土
と捉え、両者を社稷祭祀として解釈している。
これは「ミケ」そのものとは別に、現在調べている土公・土・五行の問題につながるため、ここでは深入りしない。
<関連記事>
・気比神宮の土公と后土・后稷|なぜ「土」と「食」が並ぶのか?
いまのところのメモ
現時点では、
ミケ=御食・食物
という日本語としての説明がまずある。
その一方で塚田氏の説では、
ビッカ/ミッケ → ミケ
という別ルートも提示されている。
もしかすると、
もともと「ミケ」と呼ばれる集団・土地・祭祀者が存在し、その集団と食物祭祀が結びついた結果、「御食」という意味とも重なった
――そんな可能性まで考えられるのかもしれない。
今のところは答えを決めず、「ミケ」という音が現れる場所を集めていきたい。
今後調べたいこと|もう一つの「ミカ」
塚田氏は「ビッカ(ミッケ)」から「ミカ」「ミケ」の双方へ転訛するとしている。
今回は「ミケ」と御食を中心に整理したが、もう一方のミカも気になる。
特に、
天津甕星(ミカボシ)
など、日本神話に現れる「ミカ」という音との関係は今後調べてみたい。
ただし、こちらは「甕」「星」「香香背男」など別の問題が一気に広がるため、今回はメモだけにして別記事へ分ける。