侗族 の食文化を調べていて気になった酸魚。
日本のなれずし。
その製法においての共通点などについて。
<関連記事>
・「民族・部族」についての記事一覧
・「トン族(侗族)」についての記事一覧
侗族の「酸魚」と日本の「なれずし」
侗族 の酸魚と日本のなれずし。
それらの製法について、
魚
米・糯米
麹
葉
桶・甕
重石
発酵期間
まで並べてみることにした。
・
・
先に結論を書いておくと、
魚を塩で処理する
↓
炊いた米と合わせる
↓
容器へ詰める
↓
重石をする
↓
発酵させる」
という基本構造は、かなり似ている。
特に、
とは比較しやすい。
・
・
一方、
になると、麹や野菜が加わり、かなり姿が変わる。
まず、侗族の「酸魚」はどう作る?
「侗族の酸魚」といっても、地域や家庭によって製法は違う。
そこで今回は、具体的な作り方を確認できる広西チワン族自治区・三江侗族自治県の例を軸にする。
三江の酸魚では、主に草魚などの淡水魚を使う。
大まかな工程は、
魚の内臓を取る
↓
塩をすり込む
↓
天日でしばらく乾燥させる
↓
蒸した赤糯米+甜酒+唐辛子を魚にまぶす
↓
甕へ詰める
↓
芭蕉の葉をかぶせる
↓
重い石で押さえる
↓
長期間発酵させる
というもの。
三江の侗族村民による例では、酸魚は1~3年ほど密封して発酵させたものが食べ頃とされ、さらに長期間保存されるものもあるという。
ここで気になるのが、
淡水魚
米
葉
甕
重石
長期発酵
という組み合わせ。
日本の古いなれずしにも、かなり似た要素が出てくる。
製法をざっくり並べてみる
地域や家庭によって作り方は変わるので、ここでは今回確認できた代表例を並べる。
| 地域・料理 | 魚・材料 | 米 | 漬け方・発酵 |
| 侗族・三江 酸魚 |
草魚など淡水魚 | 赤糯米 甜酒も使用 |
甕・芭蕉葉・重石 1~3年程度の例 |
| 滋賀 ふなずし |
ニゴロブナなど | 炊いた米 | 桶・重石 数か月以上 |
| 岐阜・長良川 鮎なれずし |
アユ | 炊いた米 | 樽・重石 約2か月 |
| 兵庫・但馬 鮎なれずし |
アユ・山椒 | 炊いた米 | 容器・重石 約30~45日 |
| 三重 なれずし |
アユ・コノシロ・サバ・サンマなど | 炊いた米 /米麹を加える地域も |
桶・葉・重石など 地域差が大きい |
| 和歌山 なれずし |
サバなど | 炊いた米 | 植物の葉・桶・重石 現在は短期型も多い |
| 石川 かぶらずし |
ブリ+カブ | 米麹(甘酒・麹床) | 麹・野菜を加えて発酵 |
| 秋田 ハタハタ寿し |
ハタハタ+野菜 | 炊いた米+米麹 | 笹・桶・重石 約3週間の例 |
| 北海道 飯寿司 |
サケ・ニシン・ホッケなど+野菜 | 炊いた米+米麹 | 容器・重石 低温で約40日の例 |
こうして並べると、全部同じ「発酵ずし」でも、
かなり近いものと、だいぶ変化しているものがある
のが分かる。
一番似ているのは「魚+塩+米+重石」
まず共通するのが、
魚を塩で処理する
↓
炊いた米と合わせる
↓
容器に詰める
↓
重石をする
↓
発酵させて保存する
という流れ。
食文化研究者の石毛直道氏は、東アジア・東南アジア各地のなれずしを比較し、
動物性食材を塩と加熱した炭水化物
通常は米とともに発酵させて保存する食品
として整理している。
中国西南部では、雲南のタイ族、貴州のミャオ族・侗族 などにもなれずし文化が確認されている。
この大きな枠で見ると、侗族の酸魚と日本のなれずしはかなり近いところにいる。
岐阜の鮎なれずしは、かなり似ている
今回、製法だけ見て特に気になったのが岐阜・長良川周辺の鮎なれずし。
岐阜市に伝わる鮎なれずしでは、
鮎を塩漬け
↓
塩抜きする
↓
腹に炊いた米を詰める
↓
樽へ米と鮎を漬け込む
↓
重石をする
↓
約2か月発酵
という作り方が紹介されている。
・
・
侗族・三江の酸魚も、
魚を塩で処理
↓
乾燥
↓
魚に糯米を合わせる
↓
甕へ詰める
↓
芭蕉葉
↓
重石
↓
長期発酵
(1〜3年程度:3か月頃から食用例あり)
なので、
工程の骨格がかなり似ている。
違うのは、侗族側では糯米・甜酒・唐辛子を使うところ。
岐阜側は、
鮎+塩+米
というかなり単純な構成になっている。
但馬の鮎なれずしも「淡水魚+米+重石」
兵庫・但馬の香美町に残る鮎なれずしも面白い。
矢田川で取れたアユを塩漬けし、
魚の腹に米飯を詰める
米・アユ・山椒を重ねる
重石をする
30~45日ほど発酵させる
という作り方が確認できる。
侗族の酸魚より発酵期間はかなり短いけれど、
淡水魚+塩+米+重石
という骨格はこちらもよく似る。
しかも但馬では、この鮎なれずしが秋祭りや正月のごちそうとして食べられてきた。
製法だけでなく、行事食としての位置も気になるところ。
滋賀のふなずしは、さらにシンプル
滋賀のふなずしも、
フナ
塩
炊いた米
が基本。
塩漬けしたフナを取り出して洗い、米飯とともに桶へ詰め、重石をして発酵させる。
滋賀ではフナだけでなく、
ウグイ
ハス
モロコ
アユ
ビワマス
コイ
など、琵琶湖水系のさまざまな魚がなれずしにされてきた。
こちらには、
麹・野菜などを加えない 基本型が残っている。
だから、
「侗族の酸魚と材料が全部同じ」
というより、
魚・塩・米を使って長期保存する発酵技術の基本構造がよく似ている
という見方が近そう。
「葉」を使うのも少し気になる
もう一つ気になるのが植物の葉。
三江の酸魚では、甕の上部を芭蕉葉で覆う例が確認できる。
特に和歌山では、
など、身近な植物の葉が使われてきた。
秋田や北海道のいずしでも笹の葉を使う例がある。
同じ「芭蕉」が侗族と和歌山の両方に出てくるのは、つい気になる。
ただし、
葉を使うこと自体は、包む・仕切る・保存しやすくするなど実用的な理由から、それぞれ独立して生まれる可能性もある。
なので、
「芭蕉葉が共通する=直接伝播」
とはもちろん言えない。
ここは「似ているものの一つ」として残しておく。
三重は「いろんな型」が一つの県内に残っている
三重のなれずしは、一種類ではない。
地域によって、
アユ
コノシロ
サバ
サンマ
アジ
タイ
など、さまざまな魚を使う。
農林水産省では、三重県のなれずしはすべて「ナマナレ(生成)」と説明されている。
<参考>
・ナマナレ:完全に発酵・熟成させる前の、漬け込んでから比較的日数が浅い状態の「なれずし」のこと
・
・
さらに、
津市・伊賀市=柚子
伊勢市=飯に麹を混ぜる
桑名市=しょうが
など、副材料にも地域差がある。
東紀州では、うらじろや縮砂(しゅくしゃ)の葉を使い、桶に詰めて重石をし、水封して発酵させる方法も残る。
つまり三重では、
同じ「魚+米」のなれずし文化が、魚種・植物・麹などを変えながら地域ごとに枝分かれしている
のが面白い。
和歌山は「葉+桶+重石」がはっきり残る
和歌山のなれずしも、
魚を塩漬け
米と合わせる
植物の葉で包む
桶へ詰める
重石をする
という構造を持つ。
有田地方では主にサバが使われる。
昔ながらのなれずしでは魚の保存に米の発酵作用を利用するが、現在は早なれずしも多く、酢や梅酢などを使って数日程度で食べる製法も紹介されている。
つまり、
長期発酵を利用した保存食
から、
短期間で飯ごと食べるすし
へ変化してきた姿も見える。
石川のかぶらずしは、かなり姿が違う
そして石川のかぶらずし。
これは今回の比較から外さず、入れておきたい。
農林水産省でも、かぶらずしは明確に「なれずしの一種」として扱われている。
ただし、侗族の酸魚や滋賀・岐阜とは製法がかなり違う。
塩漬けしたブリ
+
塩漬けしたカブ
↓
カブにブリを挟む
↓
米麹で作った甘酒を加える
↓
人参・柚子などを加える
↓
発酵させる
という形になる。
つまり、
魚+米
という発酵文化に、
麹
野菜
香味材料
が加わっている。
・
・
だから、かぶらずしを別物として外すより、
「魚+米」の発酵文化が、日本海側でどう変化したのかを見る比較対象
として置いておく方が分かりやすいと思う。
秋田・北海道まで行くと「いずし型」がはっきりする
さらに北へ行くと、
米+麹+野菜
の組み合わせがかなり目立つ。
秋田のハタハタ寿しでは、
ハタハタ
炊いた米
麹
人参
ふのり
笹
などを桶に重ね、重石をして発酵させる。
農林水産省が紹介する製法では、約3週間発酵させる。
北海道の飯寿司でも、
魚
米
麹
大根・人参・キャベツなど
を層にして重石をする。
・
・
北海道農政事務所の例では、約40日発酵させている。
基本となる、
魚+穀物+圧して発酵
は残っている。
でも侗族の酸魚や滋賀・岐阜に比べると、
麹と野菜を使い、寒い時期に比較的短期間で発酵させる食品
へかなり変化している。
では、「淡水魚+米」は古い形なのか?
ここで気になるのが、なれずしと水田稲作の関係。
石毛直道氏らは、東アジア・東南アジアのなれずしを広く比較している。
その調査では、中国西南部の雲南・貴州などにもなれずしが分布し、タイ族・ミャオ族・侗族などの間で作られていた。
また、石毛氏らの研究では、
水田稲作
淡水魚
米
という組み合わせが、アジアのなれずし文化を考える重要な手がかりになっている。
これは今回かなり気になる。
侗族の居住地域も、中国南部の山地・河川・水田稲作地域。
酸魚には、
鯉などの淡水魚
が使われる。
一方、日本でも、
滋賀=フナ
岐阜=アユ
但馬=アユ
と、
淡水魚+米
のなれずしが残っている。
「水田+魚+米」のセットで見ると面白い
なので、今回私が一番気になったのは、
「酸魚となれずしが似ている」
という料理単体の話より、
水田稲作
+
身近な淡水魚
+
塩
+
炊いた米・糯米
+
容器へ詰めて圧する
+
発酵保存
という生活技術のセット。
田んぼや川、水路などで得られる魚を、
米を利用して長く保存する。
そう考えると、
「米+魚」の発酵食が水田稲作文化と一緒に存在する
こと自体は、それほど不自然ではない。
でも「侗族 → 日本」とはまだ言えない
ここは大事なので分けておく。
今回確認できたのは、
・侗族には淡水魚+糯米の発酵魚がある
・日本にも淡水魚+米のなれずしが残る
・塩漬け、米、容器、葉、重石、発酵など共通工程が多い
・中国西南部~東南アジアにも、米と魚を組み合わせたなれずし文化が分布する
・なれずしと水田稲作文化との関係を考える研究がある
というところ。
だから、
「侗族の祖先が、この製法を日本へ直接持ち込んだ」
とまでは言えない。
現在の侗族の酸魚も、何千年もまったく同じ製法で残った「生きた化石」ではない。
むしろ、
現在の侗族にも残っている、中国西南部~東南アジアにつながる「米+魚」の発酵文化
と、
日本に残ったなれずし文化
を比較している、
くらいに考えておくのがよさそう。
今回のまとめ
製法まで比べてみると、
侗族の酸魚と日本のなれずしは、
「なんとなく魚を発酵させている」
程度の類似ではなかった。
特に、
魚を塩で処理する → 米と合わせる → 容器に詰める → 葉などを使う → 重石をする → 発酵させる
という基本工程には、共通する部分がかなりある。
その中でも、
は比較しやすい。
一方、
三重
和歌山
では地域ごとの変化が大きく、
さらに、
石川
秋田
北海道
へ目を向けると、
麹・野菜・低温発酵
など、「いずし」に近い特徴が強くなっていく。
だから今のところ、
同じ料理がそのまま日本へ運ばれた、と考えるより、「魚+米」の発酵文化が各地域の魚・気候・食材に合わせて変化して残った可能性を比較する方が面白そう。
というところまでメモしておく。
関連記事
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・ 侗族の酸魚と日本のなれずしはどこまで似る?|製法を比べる
・ 侗族:薩歳祭祀と日本のなれずし神饌|「米+魚」は祭祀食だった?
参考
・广西民族报「侗族酸鱼:尘封着千年的味道」
・農林水産省「ふなずし 滋賀県」
・農林水産省「鮎なれずし 岐阜県」
・神戸新聞NEXT「矢田川のアユ使う伝統食「なれずし」 懐かしの「しっとり濃厚な味」今年も販売」
・神戸新聞NEXT「「最高のあて」アユのなれずし、今冬も 郷土の風味にファン定着」
・農林水産省「なれずし 三重県」
・農林水産省「なれずし 和歌山県」
・和歌山県「サバのなれずし」
・農林水産省「かぶらずし 石川県」
・農林水産省「かぶらずし、大根ずし|にっぽん伝統食図鑑」
・農林水産省「ハタハタ寿し 秋田県」
・農林水産省「飯寿司 北海道」
・北海道農政事務所「飯ずし」
・農林水産省「水産発酵食品|にっぽん伝統食図鑑」
・石毛直道「東アジア・東南アジアのナレズシ―魚の発酵製品の研究(2)」
・CiNii Research「東アジア・東南アジアのナレズシ―魚の発酵製品の研究(2)」
・石毛直道・ケネス・ラドル『魚醤とナレズシの研究―モンスーン・アジアの食事文化』(岩波書店、1990年)
<関連記事>
・「民族・部族」についての記事一覧
・「トン族(侗族)」についての記事一覧

