侗族:薩歳祭祀と日本のなれずし神饌|「米+魚」は祭祀食だった?

侗族の酸魚と日本のなれずしを調べていて、製法以上に気になったことがある。

それが、

「米+魚」の発酵食が、祭りの食べ物にもなっている

ということ。

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「米+魚」と祭祀食

侗族には、祖先神である薩歳サッサイを祀る祭祀がある。

<補足メモ>

・

薩歳サッサイ=薩瑪サーマ(ほぼ同一神)。
薩瑪は「大祖母」を意味する侗語名で、薩歳はその別称

・

<関連記事>
・侗族の女神「薩瑪」とは?|大祖母を祀る祖先神信仰

その祭りの中に、

穀物

糯米飯

腌魚

腌肉

が登場する。

一方、日本を見ても、

滋賀のふなずし

三重のなれずし

などが、実際に神饌として神へ供えられている。

・
・

さらに、

秋祭り

正月

豊漁祈願

供え物

と結びつくなれずし・いずしも各地に残る。

では、

「米+魚」の発酵食は、もともと祭祀食だったのか?

今回は、その部分だけを切り分けて見てみたい。

侗族の「薩歳」とは?

侗族には薩瑪サーマと呼ばれる祖先神がいる。

中国の国家級非物質文化遺産「侗族薩瑪節」の解説では、

「薩」は祖母、

「瑪」は大、

つまり「大祖母」を意味すると説明されている。

・
・

薩瑪は薩歳サッサイとも呼ばれ、とくに南部方言地域の侗族における共同祖先神の化身とされる。

そして、

村寨の安寧

災害からの保護

五穀豊穣

人畜の繁栄

をもたらす存在として信仰されている。

つまり単なる「祖先のおばあちゃん」ではなく、

祖先神+村の守護神+豊穣神

のような性格を持つ神。

今回は神格そのものを深掘りせず、

その祭祀で何が供えられているのか

に注目する。

薩歳祭祀に「糯米飯+腌魚」が出てくる

湖南省・通道侗族自治県の坪坦村で行われる祭薩節について、通道県人民政府が詳しい記録を公開している。

祭りでは、村人たちが盛装し、薩神を祀る。

行列が村を巡る際、運ばれる祭品の中には、

穀物

糯米飯

腌魚

腌肉

が含まれている。

行列は寨門や風雨橋を巡り、最後に薩壇へ戻って薩歳を祭り、

薩歳の恩徳を讃え

守護と福を祈る

という。

さらに面白いのが、その後。

祭祀が終わると、

寨老が「薩から賜った食物」として祭祀の食べ物を人々へ分ける。

つまり、

食物を用意する

↓

村を巡る

↓

薩歳へ祈る

↓

祭祀を終える

↓

神から賜った食物として共同体へ分ける

という構造になっている。

「腌魚」は酸魚と同じなの?

ここは少し注意しておきたい。

祭薩節の記事に書かれているのは「腌魚」。

中国語の「腌」は、

塩漬け

漬け込み

発酵保存

などを含む広い言葉。

侗族には、

糯米と魚を長期発酵させる酸魚

の文化があるため、非常に近い食文化の中にあることは間違いない。

ただし、

この祭薩節で運ばれている「腌魚」が、以前調べた三江侗族の長期熟成した酸魚と完全に同じ製法なのかは、今回確認した記事だけでは分からない。

なのでこの記事では、

「祭祀に保存魚・発酵魚系の食品が登場する」

ところまでとしておく。

日本でも、なれずしは本当に神饌になっている

では日本側。

調べてみると、

「お祭りの日になれずしを食べる」

だけではなく、

神そのものへ供える神饌

として残る地域がある。

滋賀|ふなずしは五穀豊穣を願う神饌

まず滋賀。

農林水産省は、滋賀のふなずしについて、

五穀豊穣を祈る神社の祭礼に、神饌として奉納されることが多い

としている。

これは今回かなり重要。

ふなずしは、

淡水魚

米

長期発酵

という、

侗族の酸魚との製法比較でも気になった食品。

その食品が、

五穀豊穣を願う神への供物

にもなっている。

滋賀・下新川神社には「すし切り祭り」も残る

滋賀県守山市の下新川神社には、

すし切り祭り

という非常に珍しい神事が残っている。

祭りでは、当番の青年たちが神前で鮒を包丁と真魚箸を使って切り分け、祭壇へ供える。

ただし、ここは注意。

滋賀県立図書館などの解説では、

ここで使われる鮒は「鮒鮨に加工する前段階の塩漬け」

とされている。

つまり、

「完成したふなずしを切って供える」

と単純には言えない。

それでも、

鮒の保存加工食そのものが、祭礼の中心に組み込まれている

例として興味深い。

三重|なれずしを神へ供え、直会の後に各戸へ分ける

今回、薩歳祭祀と比較して一番気になったのは三重。

農林水産省の解説によると、三重県内の多くの地域では、

秋祭りの神饌として、祷屋組織がなれずしを作る。

そして、

直会のあと、各戸へ下賜される。

ここ、侗族の祭薩節と並べるとかなり面白い。

侗族・祭薩節 三重・なれずし神饌
村人が祭品を準備 祷屋組織がなれずしを準備
薩壇で薩歳を祭る 神社へ神饌として供える
穀物・糯米飯・腌魚など 米+魚のなれずし
祭祀後、薩から賜った食物を分配 直会後、各戸へ下賜

もちろん、

この構造が似ているから、両者が直接つながるとは言えない。

でも、

共同体で食物を作る

↓

神・祖先へ供える

↓

祭祀後に共同体へ戻す

↓

みんなで分ける

という仕組みまで比較できるのは面白い。

日本側を全部「神饌」と呼ぶのは違う

ここまで調べると、

「日本のなれずしって、全部祭祀食だったのでは?」

と思いたくなる。

でも、そこまで言うのはまだ早い。

地域ごとに確認できる内容は違う。

地域 食品 祭祀・行事との関係
滋賀 ふなずし 神社祭礼の神饌として確認
三重 なれずし 秋祭りの神饌。直会後に各戸へ下賜
和歌山 サバなれずし 秋祭りのごちそう・親族へ配る行事食
兵庫・但馬 鮎なれずし 秋祭り・正月・祝いのごちそう
石川 かぶらずし 正月食。豊漁・安全祈願を起源とする説あり
秋田 ハタハタ寿し 一匹ずしは大晦日・正月の供え物

つまり、

神へ供える「神饌」

と、

祭りの日に人間が食べる「行事食」

と、

正月などの「供え物」

は分けて考えた方がいい。

和歌山|なれずしは秋祭りのごちそう

和歌山・有田地方のサバなれずしは、古くから秋祭りの行事食として作られてきた。

祭りの期間中、家族に一本ずつ出し、

客人をなれずしでもてなし、

大量に作って親戚へ配る。

ここでは今回確認した資料だけでは、

神饌として神前へ供える

ところまでは確認できなかった。

ただ、

祭礼をきっかけに、米+魚の発酵食を共同体や親族で分配する

という構造は残っている。

兵庫・但馬|秋祭り・正月のごちそう

兵庫県但馬・香美町の鮎のなれずしも、

矢田川中下流域で、

秋祭り

正月

のごちそうとして食べられてきた。

こちらも、現時点では

神へ奉納する神饌

とまでは確認できない。

だから、

「祭祀食」

というより、

祭礼・年中行事に伴う特別食

として置いておきたい。

石川|かぶらずしは「豊漁・安全祈願」起源説がある

石川のかぶらずしも気になる。

現在は県内全域に広がる代表的な正月食。

その起源については諸説あるが、

金沢市金石の漁師が、豊漁と安全を祈る正月の行事食として食べ始めた

という説が伝わっている。

ただし、農林水産省も起源は定かではないとしている。

なので、

「かぶらずしは本来神饌だった」までは言えない。

ここでは、

なれずし系食品と、正月・豊漁・安全祈願が結びつく伝承がある

という材料として残しておく。

秋田|ハタハタ寿しは「供え物」になる

秋田のハタハタ寿しでは、もう一段はっきりした例がある。

農林水産省によると、

ハタハタを一匹のまま漬ける一匹ずしは、

大晦日や正月の供え物

として使われる。

切り身にしたものは正月料理。

つまり、

魚+米+麹

の発酵食が、

年の境目に「供える食べ物」

にもなっている。

並べると見えてくる共通点

侗族と日本を一緒に並べると、気になるのは料理そのものだけではない。

米がある

↓

魚がある

↓

保存・発酵させる

↓

普段より手間と時間をかけた特別な食物になる

↓

祭り・豊穣・正月などの節目に使う

↓

神・祖先へ供える、または共同体で分ける

というところまで重なる例がある。

特に、

五穀豊穣を願う

という点は、

侗族の薩歳祭祀と滋賀・三重のなれずし神饌を比べる上で気になる。

「米+魚」はもともと祭祀食だったのか?

では最初の疑問。

「米+魚」は祭祀食だったのか?

今のところ、

少なくとも、米+魚の発酵食が祭祀食になっている地域は実際にある。

しかし、

なれずしという食品そのものが、最初から祭祀のために生まれたとは確認できない。

というのが一番正確だと思う。

なれずしはまず、

魚を長期間保存する生活技術

として説明できる。

その保存食が、

手間がかかる

長期間保存できる

米と魚という重要な食料を使う

共同体で作る

といった性格から、

祭礼や正月の特別食・神饌へ取り込まれた

可能性も十分考えられる。

逆に、

「祭祀用食品だったものが日常食になった」

可能性も、現時点では完全には排除できない。

どちらが先なのかは、今のところ分からない。

侗族と日本が直接つながる証拠もまだない

もう一つ大事なところ。

侗族の祭薩節で、

糯米飯+腌魚

が祭祀に使われ、

日本でも、

米+魚のなれずし

が神饌になる。

さらに、

祭祀後に食物を共同体へ分ける

ところまで似ている例がある。

でも、

これだけで「同じ祭祀文化が侗族から日本へ伝わった」とは言えない。

稲作社会では、

米

と、

身近に取れる魚

が重要な食料になる。

その特別な保存食を、

豊穣や祖先を祀る場で使うことは、

別々の地域でも生まれうる。

だから今は、

直接の系譜を探す前に、共通する構造を記録しておく

くらいがちょうどよさそう。

今回のまとめ

今回確認できた中で、一番大きかったのは、

「米+魚」の発酵食は、単なる保存食としてだけではなく、実際に祭祀の中へ組み込まれている地域がある。

ということ。

侗族の祭薩節では、

穀物

糯米飯

腌魚

腌肉

を祭祀に用い、

祭祀後には薩から賜った食物として共同体へ分ける。

日本では、

滋賀=ふなずしを五穀豊穣の神饌へ

三重=なれずしを秋祭りの神饌へ。直会後に各戸へ下賜

という例が確認できる。

さらに、

和歌山・但馬=秋祭りの行事食

石川=正月・豊漁安全祈願との起源説

秋田=大晦日・正月の供え物

と、周辺にも似た関係が広がっている。

ただし、

「なれずしは祭祀から生まれた」

とも、

「侗族の祭祀が日本へ伝わった」

とも、まだ言えない。

今のところは、

米+魚の保存食

と

豊穣・祖先・年中行事・共同体祭祀

が、

複数の地域で結びついている。

ここまでをメモしておく。

関連記事

・侗族(トン族)について|記事一覧

参考

・中国非物質文化遺産網・中国非物質文化遺産数字博物館「侗族萨玛节」
・中国非物質文化遺産網・中国非物質文化遺産数字博物館「侗族萨玛节」
・通道侗族自治県人民政府「春节|古朴神秘“祭萨节” 侗族人民迎春祈福」
・通道侗族自治県人民政府「坪坦“尝新节”祈福来年更丰收」
・農林水産省「ふなずし 滋賀県」
・滋賀県観光情報「すし切り祭り」
・滋賀県観光情報「下新川神社」
・国立国会図書館 レファレンス協同データベース「守山市の下新川神社の鮒すし切り神事の概要を知りたい」
・農林水産省「なれずし 三重県」
・農林水産省「なれずし 和歌山県」
・神戸新聞NEXT「矢田川のアユ使う伝統食「なれずし」 懐かしの「しっとり濃厚な味」今年も販売」
・農林水産省「かぶらずし 石川県」
・農林水産省「かぶらずし、大根ずし|にっぽん伝統食図鑑」
・農林水産省「ハタハタ寿し 秋田県」

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