侗族の女神「薩瑪」とは?|大祖母を祀る祖先神信仰

侗族が祀る祖先神「薩瑪(サーマ)」について。

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侗族の女神「薩瑪」とは?

薩瑪(サーマ)。

中国の公式な無形文化遺産の解説では、

侗族、とくに南部方言地域に共通する祖先神

として説明されている。

しかも男性神ではなく、

「大祖母」

と呼ばれる女性の祖先神。

さらに調べていくと、

祖先神

だけではなく、

村の守護神

五穀豊穣をもたらす神

災害から守る神

伝説上の女英雄

という性格まで重なっていた。

今回は、この薩瑪とは何者なのかをざっくり整理しておく。

「薩瑪」は「大祖母」という意味

薩瑪は中国語の神名ではなく、侗語の音を漢字で写したもの。

侗語では、

「薩(Sax)」=祖母

「瑪(Mags)」=大

と説明され、

薩瑪=「大祖母」

と訳されている。

中国非物質文化遺産網では、

侗族、とくに南部方言地域に共通する祖先神霊の化身

とされている。

つまり、

「女性の自然神がいる」

というより、

共同体全体の祖先である「大祖母」が神になった存在

と見る方が近い。

薩瑪と薩歳は別の神?

ここは最初ちょっと分かりにくかった。

資料には、

薩瑪

と、

薩歳

の両方が出てくる。

でも、中国非物質文化遺産網では、

「薩瑪は薩歳とも呼ばれる」

と明記されている。

つまり、

薩瑪 ≒ 薩歳

別の神ではなく、

同じ「薩」という祖先女神を指す名称・呼称の違い

と見てよさそう。

日本語の研究文献では「薩歳」を、

サスィ

サースィー

などと表記する例もある。

一方、薩瑪は侗語のSax Magsを写した名称として説明されている。

「薩歳」の「歳」は、日本の歳神の「歳」なのか?

ここは気になるけれど、今のところ分けて考えた方がよさそう。

薩歳という漢字だけを見ると、

日本の、

歳神

御歳神

を連想したくなる。

しかも薩瑪には五穀豊穣の性格もあるので、なおさら似て見える。

ただし、

「薩歳」の「歳」という漢字そのものに、日本語の「年・収穫」と同じ意味があるとは確認できない。

薩瑪・薩歳はいずれも侗語の神名を漢字で表したものなので、

漢字の字義から直接、日本の歳神と結びつけるのは危ない

と思う。

比較するなら、

「歳」という文字ではなく、

祖先

五穀豊穣

共同体の守護

年中祭祀

といった神格や祭祀の構造から見た方がよさそう。

薩瑪は何をする神なのか?

薩瑪は、かなり仕事が多い。

公式資料では、

・敵に打ち勝つ力を与える

・自然災害に打ち勝つ

・村寨を安らかにする

・五穀豊穣

・人や家畜の繁栄

・平安と吉祥をもたらす

存在として説明されている。

そのため薩瑪は、

侗族の「社稷神」

とも表現される。

日本語でそのまま「社稷神」と考えると少し分かりにくいけれど、

イメージとしては、

祖先神でありながら、村・土地・農耕・人々の暮らし全体を守る共同体神

に近い。

薩瑪には「女英雄」の伝承もある

面白いのが、

薩瑪は最初から抽象的な神だったわけではなく、かつて実在した女英雄だった

という伝承があること。

伝承には地域差があるが、

古代の侗族に勇敢な女性の首領がいて、

村や人々を守るために敵と戦い、

最後は戦いの中で命を落とした。

その後、

村を守る祖先女神として祀られるようになった

という筋書きが伝わっている。

日本語の研究でも、薩歳となった女首領の伝承が紹介されている。

ただしこれは、

薩瑪という実在女性が歴史上確認されている、という意味ではない。

あくまで現在まで伝わる神の由来伝承として見ておきたい。

「母系氏族社会の女神」と説明される

中国の公式な無形文化遺産資料では、

薩瑪を、

「母系氏族社会の女英雄」

と説明している。

また、薩瑪節そのものについても、

母系氏族社会の風俗を残すもの

と説明されることがある。

これは確かに気になる。

ただ、

薩瑪が女性祖先神である

↓

祭祀に女性が大きく関わる

↓

だから古代侗族社会がそのまま母系社会だったと証明できる

というところまでは、一気につなげない方がいいと思う。

現在残る祭祀から、

女性祖先を非常に重視する古い社会構造の記憶がある

ことは見える。

でも、それをどの年代の、どんな母系社会へ遡らせられるのかは別問題。

ここは今後の調査ポイントとして残しておく。

薩瑪節では女性が中心になる地域もある

薩瑪を祀る代表的な祭りが、

薩瑪節(祭薩)。

主に、

貴州省榕江県

黎平県

従江県

など、南部侗族地域に伝わっている。

通常は旧暦の正月から二月ごろに行われるが、地域によって時期や参加者は異なる。

特に榕江県の三宝侗郷では、

既婚女性が祭祀の中心

になる。

女性たちは盛装して薩を祭り、

その後、広場で手をつなぎ、

「多耶」と呼ばれる歌と踊りを行う。

そのため現地では、

薩瑪節を「侗族の女性の祭り」

と捉える説明もある。

村には「祖母の家」がある

薩瑪を祀る場所も面白い。

南部侗族の多くの村には、

然薩

と呼ばれる祭祀施設がある。

「然」は家を意味するとされ、

然薩=「祖母の家」

と説明されている。

中国語では、

薩瑪祠

聖母祠

などとも呼ばれる。

つまり村の中に、

共同体の「大祖母」がいる場所

が置かれている。

神像ではなく「石」が置かれる例もある

さらに気になったのが、榕江・三宝侗寨の例。

当地の薩瑪祠では、

人の姿をした神像を置かない

と紹介されている。

神位のところには、

半分開いた黒い傘

があり、

その下に、

石が積まれている。

それを「薩」とするという。

これは三宝侗寨の具体例なので、

「侗族の薩瑪信仰はすべて石を祀る」

とは言えない。

でも、

共同祖先である女神を、人型の神像ではなく石や祭祀空間によって表す地域がある

というのは、かなり気になるところ。

ここは別のテーマともつながりそうなので、一旦メモだけ残しておく。

薩瑪は「農耕神」だけではない

薩瑪には、

五穀豊穣

という分かりやすい農耕神的な性格がある。

でも、

「薩瑪=稲の女神」

としてしまうと、少し狭すぎる。

薩瑪は、

大祖母

+

共同祖先

+

女英雄

+

村の守護神

+

災害除け

+

五穀豊穣

+

人畜繁栄

という神。

だから、

「祖先が村と土地と生活全体を守る」という信仰

として見た方が分かりやすそう。

そして「米+魚」の祭祀にもつながる

薩瑪・薩歳について調べていて、もう一つ気になったのが、

祭祀と食べ物。

湖南省通道侗族自治県の祭薩では、

穀物

糯米飯

腌魚

腌肉

などが祭祀に登場する。

つまり、

五穀豊穣をもたらす「大祖母」へ、米や魚を持っていく。

そして祭祀後には、その食物を共同体で分ける。

この部分は、日本のなれずし神饌との比較記事に分けた。

<関連記事>
・侗族:薩歳祭祀と日本のなれずし神饌|「米+魚」は祭祀食だった?

今回のまとめ

薩瑪とは、

単なる「侗族の女神」ではなかった。

・薩瑪は侗語で「大祖母」

・薩歳とも呼ばれ、基本的には同じ祖先女神

・特に南部侗族に共通する共同祖先神

・村寨の守護、災害除け、五穀豊穣、人畜繁栄を担う

・伝承上は、村を守って戦った女英雄

・薩瑪節では、女性が祭祀の中心になる地域がある

・村には「祖母の家」とされる然薩が置かれる

・三宝侗寨には、神像ではなく石で薩を表す例もある

今のところ私には、

「大祖母である祖先が、死後も村にいて、土地・人・作物・家畜をまとめて守っている」

という神に見える。

ただし、

「母系社会の痕跡」

をどこまで古く遡らせられるのか、

そして、

日本の祖霊・歳神・豊穣神信仰と比較できるのか

は、まだ別の問題。

そこは今後もう少し追ってみたい。

参考

・中国非物質文化遺産網・中国非物質文化遺産数字博物館「侗族萨玛节(榕江县)」
・中国非物質文化遺産網・中国非物質文化遺産数字博物館「侗族萨玛节(黎平县)」
・贵州政协报「古朴的侗族萨玛节」
・贵州政协报「国家级非遗民俗之侗族“萨玛节”」
・京都大学地域研究統合情報センター・兼重努「移動する宗教的職能者、請来される神々―西南中国トン族村落社会の事例から―」
・CiNii Books「『薩歳の祭り:中国貴州省南部侗族の祭祀及び神観念に関する研究調査報告書』」
・在重慶日本国総領事館「堂安侗寨」

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