クシヒカタを祀る神社|「石部・磯部」に残る祭祀をたどる

クシヒカタ を祀る神社について。

「イソベ系」と「イソベ系以外」があるようだ。

今回は「イソベ系」に神社についてまとめた。

<関連記事>
・クシヒカタとは?|祀られる神社を追ったら「石部・磯部」と磯城が気になった
・石辺と磯部・礒部は同じなのか?|「イソベ」と呼ばれた集団
・「クシヒカタ」についての記事一覧
・「イソベ」についての記事一覧

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クシヒカタとイソベ

クシヒカタは、

天日方奇日方アメノヒカタ クシヒカタ命

・

久斯比賀多クシヒカタ命

・

櫛御方クシミカタ命

・

櫛日方クシヒカタ命

・

奇日方クシヒカタ命

など、資料によって名前の表記がかなり揺れる。

 

そこで異名も含めて祭神を探してみると、何度も出てきたのが、

石部

磯部

礒部

部(山偏に石)

という「イソベ」系の名前だった。

・
・

ただし、ここで最初に整理しておきたい。

クシヒカタを祀る神社は、「石部・磯部」系の神社だけではない。

奈良・大神神社摂社の神坐日向神社では櫛御方命を祀るほか、

福井県の御方神社、

茨城県の佐波波地祇神社、

和歌山県の竈山神社

など、「イソベ」という名前を持たない神社にもクシヒカタ祭祀は残っている。

それらについては、別の記事でまとめることにした。

・
・

この記事で見るのは、

クシヒカタを祀る神社のうち、

「石部・磯部・礒部・部」など、「イソベ」に関わる名前を持つ神社

に限る。

・
・

さらに調べていくと、

現在の祭神としてクシヒカタを祀る神社

だけではなく、

現在は別の神を祀っているのに、後世の考証で「本来の祭神はクシヒカタではないか」とされた石部神社

もあることが分かってきた。

・
・

そこで今回は、

★ 現在クシヒカタ系神名を祀る「イソベ系」神社

★ 現在の祭神とは別に、後世の考証でクシヒカタ祭神説が現れる「イソベ系」神社

を分けてメモしておく。

石辺公とクシヒカタ

クシヒカタと「イソベ」を結びつけるうえで、重要なのが『新撰姓氏録』。

そこでは、

石辺公
= 久斯比賀多クシヒカタ命の後裔

とされる。

・
・

つまり少なくとも、

「石辺公」という特定氏族が、クシヒカタを祖とする系譜

は存在する。

・
・

問題はここから。

後世になると、

石辺公
↓ 石部・磯部・礒部
↓ その神社の祭神もクシヒカタではないか

という考証が、各地の式内社に対して行われるようになる。

・
・

そのため、

現在クシヒカタを祀っている

という事実だけでは、

その神社が古くからクシヒカタを祀っていたのか

までは分からない。

この点に注意しながら、一社ずつ見てみる。

① 石部神社|滋賀県愛知郡愛荘町

【石部イソベ神社】
〒529-1315 滋賀県 愛知郡 愛荘町 沓掛147

<祭神>
・天照坐皇大御神
・天日方奇日方命

・

<配祀>
・国造大名牟遅命

滋賀県神社庁でも、現在の祭神として天日方奇日方命が明記されている。

『延喜式神名帳』の愛知エチ郡「石部神社二座」に比定される式内社。

現在の由緒では、崇神天皇の時代に天日方奇日方命を祀ったと伝える。

ここは、

石部
+ 天日方奇日方命

という組み合わせが、現在の祭神としてはっきり確認できる一社。

ただし、『特選神名牒』などの考証を見ると、

石辺公が久斯比賀多命の後裔であること

を祭神推定の材料にも使っている。

つまり、

現在伝わる社伝

と、

後世の氏族系譜による祭神考証

は分けて見ておきたい。

・参考:滋賀県神社庁「石部神社」

② 石部神社|滋賀県近江八幡市安土町

【石部イソベ神社】
滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6222

<祭神>
・少彦名神
・天照大神
・高皇産霊神
・大己貴命
・櫛日方命

『延喜式神名帳』の 蒲生ガモウ郡「石部神社」の論社。

現在の祭神の一柱に櫛日方命が見える。

一方、近世末から明治期の式内社考証では、

石部
↓ 石辺公
↓ 久斯比賀多命

という系譜から、

「この神社は石辺公の祖神を祀ったのではないか」

と推定されている。

ここも、

実際に伝わった祭祀

と、

後世の「石辺公=クシヒカタ」からの復元

を切り分けながら見たい神社。

・参考:延喜式神社の調査「石部神社」

③ 石部神社|三重県いなべ市大安町

【石部イソベ神社】
〒511-0266 三重県いなべ市大安町 石榑イシグレ 南2017

※メモ
・いなべ市(石榑イシグレ)=員弁イナベ郡石榑村
・いなべ市=猪名部=職能:造船・木工
・榑クレ=東方の日の出る所にあるという伝説の神木「扶桑(ふそう)」の意味もある

<主祭神>
・天日方奇日方命

・

<合祀>
・大国主命
・天児屋根命
・誉田別命
・大山津見命
・市杵島姫命
・火産霊神

現在は天日方奇日方命を主祭神とする。

ただし、この神社は祭神の履歴を見るとかなり気になる。

江戸期には山王権現とも呼ばれ、

資料によって、

天日方奇日方命

大物主命

石辺公

天日鷲命

などの祭神説が現れる。

つまり、

「石部神社だから、最初からクシヒカタ」

と単純に見ることのできない一社。

・
・

むしろ、

山王・大物主系の祭祀

と、

石辺公祖=クシヒカタという系譜

が、後の時代に重なった可能性も考えておきたい。

・参考:三重県神社庁・皇學館大学「石部神社」

④ 磯部神社|富山県氷見市磯辺

【磯部イソベ神社】
〒935-0338 富山県氷見市磯辺1045

<祭神>
・天日方奇日方命

ここでは、

地名=磯辺(イソベ)

神社名=磯部(イソベ)

祭神=天日方奇日方命

と、「イソベ」とクシヒカタの組み合わせが非常に分かりやすい。

『特選神名牒』でも、

祭神:天日方奇日方命

とされる。

明治期の地誌でも、奇日方命を祀り、磯部氏の祖神とする説明が見える。

ただし、式内社「磯部神社」そのものの比定には古くから揺れがある。

そのため、

現在の「磯辺+磯部+クシヒカタ」という形が、そのまま古代まで遡るのか

は別に考えたい。

・参考:国立国会図書館 レファレンス協同データベース「富山県氷見市磯辺 礒部神社の祭神について」

⑤ 石部神社|石川県小松市古府町

【石部イソベ神社】
〒923-0055 石川県小松市古府町カ169

<祭神>
・櫛日方別命

『延喜式神名帳』の加賀国 能美郡「石部神社」に比定される。

加賀国府に近く、後世には加賀国総社として扱われた神社でもある。

現在の祭神は、

櫛日方命

ではなく、

櫛日方別命。

「別(ワケ)」が付いている点は少し気になるが、クシヒカタ系神名として扱われている。

一方、近世には船見山王明神と呼ばれ、

祭神を大物主神とする説もあった。

ここでも、

大物主
↓ クシヒカタ
↓ 石辺公

という系譜の、どの位置の神を祭神として扱うのかが揺れているように見える。

・参考:『日本歴史地名大系』「石部神社」
・参考:玄松子の記憶「石部神社」

⑥ 御嶋石部神社|新潟県柏崎市北条

【御嶋石部イソベ神社】
新潟県柏崎市北条

<祭神>
・久斯比賀多命
・武甕槌命

現在は久斯比賀多命と武甕槌命を祀る。

・
・

なぜ、ここに タケミカヅチ が?!

と思うけれども。

武甕槌命 がクシヒカタに繋がる系譜も実際あったりするんですよね。

(タケミカヅチは、「出雲の国譲り」の段においては伊都之尾羽張(イツノオハバリ)の子と記述されるんだけどね。)

でも、なぜ、ここに タケミカヅチ が?!とは思うので。

ここは、重要な デバッグポイントだと認識しております。

・
・

ただし、この神社も祭神の履歴が重要。

近代の神社明細帳では武甕槌命を祭神としており、

その後の考証で、

「石部」という社名や石辺公の系譜から、本来は久斯比賀多命ではないか

という説が出ている。

つまり、

現在クシヒカタを祀っている

という事実だけを見ると古くからそうだったように見えるが、

祭神成立の経緯を追うと、

後世の復元が関わっている可能性がかなり見えやすい例

でもある。

・参考:「御嶋石部神社」

⑦ 桐原石部神社|新潟県長岡市上桐

【桐原石部イソベ神社】
新潟県 長岡市 上桐 シデノ木 2169

<祭神>
・天日方奇日方命

周りに「黒坂神社」「石動神社」と気になる名前の神社がある。(いずれも祭神不明)

・
・

現在の祭神は天日方奇日方命。

ただし、昭和期の『長岡市及近郊神社調稿』では、

県の神社明細帳では祭神が「不詳」だった

とされている。

そこから、

『越後野志』や土地の伝承、

さらに、

石部=石辺公

という系譜を材料として、

奇日方命が祭神として整理されている。

この神社は、今回の調べ直しで特に重要だった。

石部神社
↓ 祭神不詳
↓ 石辺公=久斯比賀多命後裔
↓ クシヒカタを祭神として復元

という流れが、かなり見えやすい。

・参考:長岡市「桐原石部神社」
・参考:「桐原石部神社(長岡市上桐)」

⑧ 桐原石部神社|新潟県長岡市寺泊下桐


【桐原石部イソベ神社】
新潟県長岡市寺泊下桐1848

<祭神>
・天日方奇日方命

上桐と同じく、式内「桐原石部神社」の論社。

現在の祭神は天日方奇日方命。

江戸期以降の式内社考証では、こちらの下桐を式内社とする資料も多かったよう。

同じ「桐原石部神社」が二社存在するため、

どちらに、いつからクシヒカタ祭祀が伝わっていたのか

は分けて考えたい。

・参考:「桐原石部神社(長岡市寺泊下桐)」

⑨ 水嶋礒部神社|新潟県糸魚川市筒石

【水嶋礒部イソベ神社】
新潟県糸魚川市筒石464

<祭神>
・建御名方命
・天照皇大神
・豊受大神
・奇日方命
・船玉神

現在の祭神の一柱に奇日方命が入る。

ただし、この神社は中古には諏訪大明神と呼ばれており、

文化11年(1814)に水島磯部神社の社号へ戻したと伝わる。

つまり、

現在「磯部+奇日方」だから、古代からずっと同じ形だった

とは限らない。

むしろ、

諏訪・建御名方祭祀

と、

磯部・クシヒカタ祭祀

が、どの時点で重なったのかが気になる。

・参考:「水島磯部神社」

⑩ イソ部神社|兵庫県丹波市氷上町【北向き】

【▲部イソベ神社】
〒669-3464 兵庫県丹波市氷上町石生イソウ526

※「▲」は山偏に石の字。

<祭神>
・奇日方命
・誉田別命
・神功皇后
・比売大神

『延喜式神名帳』の丹波国 氷上郡「部神社」に比定される古社。

現在の祭神の筆頭に 奇日方命 が記されている。

ここでも、

「イソベ」+クシヒカタ

が現在の祭神として確認できる。

・
・

さらに少し気になるのが、

社殿が北向き

であること。

以前から気になっている、

刀我トガ石部神社

や、

クシヒカタ系の 櫛御方命 を祀る奈良の 神坐日向ミワニマスヒムカイ神社

も現在の社殿は北向き。

もちろん、

「クシヒカタを祀る神社=北向き」

ではない。

ただ、

クシ/コシ

や北方祭祀との関係を考えるときの補助情報としてメモしておく。

・参考:丹波市観光協会「部神社」

⑪ 石部神社|兵庫県豊岡市出石町

【石部イソベ神社】
〒668-0211 兵庫県豊岡市出石町下谷62

<主祭神>
・奇日方命

・

<配祀>
・大山積神
・大己貴神
・大物主神
・事代主命
・建御名方命
・高彦根命
・瀧津彦命

・

など

主祭神は奇日方命。

さらに、

大己貴
大物主
事代主
建御名方
高彦根
瀧津彦命

など、後世「出雲系」と呼ばれる神々がまとまって祀られている。

あまり目にすることが少ない、レアキャラの「瀧津彦命(多岐津彦)」までも祀られている。

・
・

一見すると、

「石部=大国主・事代主系の一族」

が非常に分かりやすく見える神社。

ただし、資料によっては祭神を天日槍とする説もあった。

現在の祭神構成がいつ成立したのかは、別に追う必要がありそう。

・参考:兵庫県神社庁「石部神社」
・参考:玄松子の記憶「石部神社」

⑫ 刀我石部神社|兵庫県朝来市和田山町【北向き】

【刀我石部イソベ神社】
〒669-5229 兵庫県 朝来アサゴ市 和田山町宮645

<祭神>
・媛蹈鞴五十鈴媛命
・天日方奇日方命
・五十鈴依媛命

現在の祭神を見ると、

ヒメタタラ五十鈴媛

クシヒカタ

五十鈴依媛

が一緒に祀られている。

『先代旧事本紀』などの系譜では、この三者は兄妹とされる。

そのため現在の祭神構成だけを見ると、

初期大和王権の外戚となる一族

をまとめて祭祀しているようにも見える。

・
・

ただし、この神社については古い地誌にも興味深い記述がある。

明治期の『朝来志』では、

天日方奇日方命を祭神とする説は、『姓氏録』の「石辺公=久斯比賀多命後裔」から導かれたもの

とする一方で、

そもそも「石辺」と「石部」を同じものとしてよいのか

という疑問まで紹介されている。

・
・

つまり、

石辺公
= 全国の石部・磯部

と単純には結べないことは、すでに昔から問題になっていたらしい。

・
・

ちなみに社殿は北向き。

ここも北向き問題は補助情報として保留しておく。

・参考:兵庫県神社庁「刀我石部神社」
・参考:「刀我石部神社」

↓↓↓「石部」なのにクシヒカタを祀らない神社

ここまでを見ると、

「やっぱり石部・磯部の祖神はクシヒカタなのでは?」

と思いたくなる。

でも、今回調べ直してみると、

その考え方だけでは説明できない石部神社

もかなりあることが分かった。

◆ 石部神社|滋賀県蒲生郡竜王町

【石部イソベ神社】
〒520-2563 滋賀県 蒲生ガモウ郡 竜王町

現在の祭神は 天照皇アマテラス スメ大神。

クシヒカタではない。

ところが『特選神名牒』では、

石辺公が久斯比賀多命の後裔だから、祭神は久斯比賀多命ではないか

と推定されている。

つまり、

現在の祭神=天照大神

なのに、

「石部」という名前からクシヒカタ説が後世に出てくる

例になる。

・参考:滋賀県神社庁

◆ 石部神社|兵庫県朝来市山東町

【石部神社】
〒669-5101 兵庫県 朝来アサゴ市 山東町滝田559

現在の主祭神は 大己貴命。

後世の式内社考証では、

『姓氏録』の石辺公系譜をもとに、天日方奇日方命 を祭神とする説

も出てくる。

つまり、

大己貴を祀る石部

に、

石辺公祖=クシヒカタという系譜が後から重なった

可能性を考える材料になる。

・参考:兵庫県神社庁「石部神社」

◆ 石部神社|福井県鯖江市磯部町

【石部神社】
〒916-1114 福井県 鯖江市 磯部町

現在の祭神は、

吉日古ヨシヒコ/エヒコ命

吉日売ヨシヒメ/エヒメ命

とされる。

社伝では、この地に住んだ多気連が祖神を祀ったともいう。

つまり、

「石部」という名前を持ちながら、祭神系譜そのものが クシヒカタ とは異なる例

になる。

・
・

それでも後世の『延喜式神名帳』注釈では、

石辺公=久斯比賀多命後裔

という説明が使われる。

ここを見ると、

「石部」という名前だけで、すべてを 石辺公・クシヒカタ系にまとめてはいけない

ことがかなり分かりやすい。

◆ 石部神社|兵庫県加西市上野町

【石部神社】
〒675-2434 兵庫県加西市上野町69−2

現在の祭神は、

市杵島姫命
田心姫命

湍津姫命

の宗像三女神。

こちらも現在の祭神にクシヒカタはいない。

それでも播磨国 賀茂郡の石部神社について、後世の注釈では、

石辺公=久斯比賀多命後裔

という説明が使われる。

これも、

「イソベ」という社名・地名

と、

石辺公の氏族系譜

が、後世に結び付けられた可能性を見る材料になる。

・参考:兵庫県神社庁「石部神社」

◆ 宮村岩部神社|石川県加賀市

【宮村岩部神社】
〒922-0561 石川県加賀市宮町ヌ−9−1

ここは現在、

「クシヒカタを祀る神社」には数えず保留

にしておく。

地元では「天神様」と呼ばれ、

祭神を宮村部大神とする一方、

古い資料には、

「或云、櫛日方命」

という祭神説も残っている。

さらに別説では石部薬師ともされる。

・
・

つまり、

クシヒカタ祭神説は存在するが、それが唯一の祭神伝承ではない。

・参考:『日本歴史地名大系』「宮村部神社」

「石部=クシヒカタ」ではなさそう

今回、この記事を調べ直して、一番大きく修正したいと思ったのがここ。

以前は、

クシヒカタ
↓ 石辺公
↓
石部・磯部

という系譜をかなり素直につなげて考えていた。

・
・

確かに、

クシヒカタを祀る「イソベ」系神社が各地に存在する

こと自体は間違いない。

しかも、

近江
↓
北陸
↓
越後
↓
丹波・但馬

と、かなり広い範囲に分布している。

・
・

しかし同時に、

祭神不詳だった石部神社

大己貴を祀る石部神社

天照皇大神を祀る石部神社

吉日古命・吉日売命を祀る石部神社

宗像三女神を祀る石部神社

も存在する。

そして、その一部に対して、

『新撰姓氏録』の「石辺公=久斯比賀多命後裔」

という系譜を使い、

「本来の祭神はクシヒカタだったのではないか」

という後世の考証が行われている。

・
・

そう考えると、

「石部・磯部という一つの氏族がいて、その祖神がクシヒカタだった」

と全国一律に見るより、

各地に「イソベ」と呼ばれる集団・地域・祭祀が存在した

↓

その一部には、実際にクシヒカタを祖神とする石辺公系の集団がいた

↓

さらに後世、「石辺公=久斯比賀多命後裔」という系譜を使って、別系統の石部・磯部神社までクシヒカタ系として整理された例がある

くらいに分けて考えた方がよさそう。

石辺・石部・磯部・礒部は同じなのか?

そして結局、ここへ戻ってくる。

『新撰姓氏録』でクシヒカタ後裔とされるのは、

石辺公

という特定氏族。

一方、

石部
磯部
礒部
▲部(▲=山編に石)

という名前は全国各地に存在する。

同じ「イソベ」という音を持っていても、

すべてが同じ祖先を持つ一族だったとは限らない。

海人・漁撈・航海に関わる磯部、

伊勢神宮祭祀に関わる磯部、

別の祖神を祀る石部、

そしてクシヒカタを祖神とする石辺公。

これらは、いったん分けて考えた方がよさそう。

<関連記事>
・石辺と磯部・礒部は同じなのか?|「イソベ」と呼ばれた集団

クシヒカタ祭祀そのものは「イソベ」だけではない

最後にもう一度。

この記事では、

クシヒカタを祀る神社の中から、「石部・磯部・礒部・部」系だけ

を取り上げた。

しかし、クシヒカタ祭祀そのものはこれだけではない。

神坐日向神社 御方神社 佐波波地祇神社 竈山神社

など、

「イソベ」という名前を持たないクシヒカタ祭祀社

も各地に残っている。

むしろ、それらと今回の「イソベ系」を分けて並べることで、

クシヒカタが「石辺公の祖神」として祀られた場所

と、

別の系譜・祭祀文脈から祀られた場所

の違いが見えてくるかもしれない。

それについては、別の記事で改めて整理する。

参考

・滋賀県神社庁「石部神社」
・延喜式神社の調査「石部神社」
・三重県神社庁・皇學館大学「石部神社」
・国立国会図書館 レファレンス協同データベース「富山県氷見市磯辺 礒部神社の祭神について」
・石川県立図書館/国立国会図書館 レファレンス協同データベース「イソベ(石部・磯部・部)の神について」
・『日本歴史地名大系』「石部神社(石川県小松市)」
・玄松子の記憶「石部神社(石川県小松市)」
・「御嶋石部神社」
・長岡市「桐原石部神社」
・「桐原石部神社(長岡市上桐)」
・「桐原石部神社(長岡市寺泊下桐)」
・「水島磯部神社」
・丹波市観光協会「部神社」
・兵庫県神社庁「石部神社(豊岡市出石町)」
・玄松子の記憶「石部神社(豊岡市出石町)」
・兵庫県神社庁「刀我石部神社」
・「刀我石部神社」
・兵庫県神社庁「石部神社(朝来市山東町)」
・兵庫県神社庁「石部神社(加西市上野町)」
・『日本歴史地名大系』「宮村部神社」

※祭神名は神社・資料によって「天日方奇日方命」「久斯比賀多命」「奇日方命」「櫛日方命」「櫛日方別命」など表記が異なる。

※この記事では、現在クシヒカタ系神名を祭神として確認できる「イソベ系」神社と、現在の祭神とは別に後世の考証でクシヒカタ祭神説が提示された「イソベ系」神社を分けて整理した。

<関連記事>
・クシヒカタとは?|祀られる神社を追ったら「石部・磯部」と磯城が気になった
・石辺と磯部・礒部は同じなのか?|「イソベ」と呼ばれた集団
・「クシヒカタ」についての記事一覧
・「イソベ」についての記事一覧

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