前の記事では、天照大神がスサノオを迎え撃つ際に美豆良を結ったことについて、
美豆良=日高見系の古い文化記号だったのではないか
ということを考えた。
そして日向三代には、
天津日高
という名がつく。
もしこれが、天孫族が日高見系の正統性を取り込んだことを示す名乗りだとすれば、天照の美豆良もまた、
「私たちは日高見につながる側である」
というアピールだったのではないか。
そんなことを考えていたところ、もうひとつ気になる場面を思い出した。
神武天皇の時代に出てくる、
媛蹈鞴五十鈴媛(=伊須気余理比売→長いので、以降は「五十鈴媛」とする)と大久米命の「入れ墨」の話
である。
目次
大久米命には「黥ける利目」があった
『古事記』では、神武天皇が伊須気余理比売を后にしようとした際、
大久米命
が使者として彼女のもとへ向かう。
そこで伊須気余理比売は、大久米命の目を見て驚く。
大久米命の目には、
「黥ける利目」
と呼ばれる特徴があった。
一般には、
目のまわり、あるいは目尻付近に施された入れ墨
と考えられている。
つまり、大久米命は顔に黥を持つ人物として描かれている。
五十鈴ちゃん側は、その入れ墨を珍しがっている
伊須気余理比売は、この大久米命の目を見て、
「奇し」
と思っている。
つまり少なくとも物語上では、
彼女にとって、そのタイプの顔面黥は見慣れたものではなかった
ように描かれている。
ここがかなり気になる。
伊須気余理比売は『古事記』では、
大物主神の娘
として登場する。
大物主を出雲系の神格として見るなら、
出雲側の女性が、神武側の軍事集団に属する久米の入れ墨を珍しがっている
という構図になる。
つまり、
出雲系=顔面黥の文化
ではなさそうに見える。
少なくともこの場面では、
久米側と大物主側で、身体装飾の文化が違う
ことが表現されているようにも見える。
久米は天孫側の軍事集団
大久米命は、神武天皇に仕える軍事系の人物。
『古事記』では、
道臣命=大伴氏の祖
大久米命=久米直の祖
として、神武東征に参加する。
さらに天孫降臨までさかのぼると、
天忍日命
と
天津久米命
が武装してニニギを先導している。
つまり記紀の構造では、
大伴+久米
は、かなり古い段階から天孫側の軍事部門として描かれている。
その久米に、
黥
がある。
ここで、日高見国人の記述が重なってくる。
日高見国人は「椎結・文身」していた
『日本書紀』では、日高見国の人々について、
「男女並椎結文身」
と記されている。
つまり、
男女とも椎結し、文身していた
ということ。
佐治芳彦の説では、
日高見国=ヒ族
という線で見られている。
そうすると、
ヒ族=日高見
↓
椎結
+
文身
という文化的特徴が出てくる。
そして一方で、
天照=美豆良
久米=黥
日向三代=天津日高
という要素が、天孫側に並ぶ。
天孫族の中にヒ族系の文化が残っている?
ここまで並べると、
天孫族=完全に新しい文化を持つ後発勢力
というより、
日高見・ヒ族系の文化や権威を取り込んだ集団
として見た方がしっくりくる部分がある。
たとえば、
天照
=美豆良
久米
=黥
日向三代
=天津日高
という三つ。
いずれも、
日高見側に見られる「椎結・文身・日高」という要素
とどこかで重なる。
もちろん、
美豆良=そのまま椎結
久米の黥=そのまま日高見の文身
と断定できるわけではない。
ただ、
天孫側に、日高見系の文化要素が複数残っているように見える
という点は気になる。
五十鈴ちゃんが驚いたことの意味
この場面で特に面白いのは、
入れ墨をしているのが神武ではなく、久米であること
そして、
それを珍しがるのが大物主系の伊須気余理比売であること
である。
もし久米が、
天孫族に組み込まれた古いヒ族系武装集団
だったとしたら、
この場面は、
日高見系の文化を持つ久米
と、
出雲・大物主系の文化を持つ伊須気余理比売
の違いを描いた場面にも見えてくる。
つまり、
同じ列島内にいても、髪型や入れ墨などの身体文化が異なる集団が存在していた
ということ。
そして天孫側は、そうした古い集団を取り込みながら形成されていったのかもしれない。
天照の美豆良と久米の黥は同じ方向を向いている?
前の記事では、
天照が美豆良を結うこと
を、
日高見系の古い正統性を示す記号
として読めないかと考えた。
今回の久米の黥も、もしヒ族系の文化的特徴と重なるなら、
天孫側には、日高見系の記号がひとつではなく複数残っている
ことになる。
天照
=美豆良
久米
=黥
日向三代
=天津日高
この三つを並べると、
「私たちは日高見につながる側である」
という天孫側の自己表現が、神名だけでなく、
髪型や身体装飾
にも残されているように見えてくる。
今のところのメモ
今の時点では、
久米=ヒ族
とまで断定できる材料はない。
ただ、
日高見国人=椎結・文身
天照=美豆良
久米=黥
日向三代=天津日高
という並びは、かなり気になる。
さらに、
大物主系の伊須気余理比売が久米の黥を珍しがる
という描写は、
出雲側と天孫側で、身体文化に差があった可能性
を考える材料にもなる。
もし天孫族が後発勢力でありながら、
ヒ族=日高見系の権威を取り込んで自らの正統性を作った
のだとすれば、
久米の黥もまた、
天孫勢力の内部に残った古い日高見系文化の痕跡
として見ることができるのかもしれない。