佐治芳彦が紹介する古い民族層説に登場する「アマ族」についてメモ。ヒ族より後来とされ、キ族と並んで登場する「海人族」とはどのような集団なのかを整理します。
佐治芳彦『東日流外三郡誌の原風景』に登場する古い民族層についてメモしていると、キ族と並んでアマ族という名前が出てくる。
この説では、
コシ族
↓
ヒ族
↓
キ族・アマ族など
↓
天孫族
という大まかな前後関係が見えてくる。
今回は、その中のアマ族について整理しておく。
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アマ族は「海人族」
本文では、
「ヒ一族は、キ(紀)族やアマ(海人)族よりも先住者」
とされている。
ここで重要なのは、アマ族の「アマ」が、
天ではなく「海人」
と説明されていること。
つまり、この説におけるアマ族は、海を活動の基盤とした海人系の集団として考えられている。
ヒ族より後来の集団
本文では、ヒ族について、
キ族やアマ族よりも先住者
とされている。
そのため前後関係としては、
ヒ族
↓
キ族・アマ族
となる。
さらにヒ族より前にはコシ族がいたとされるため、
コシ族
↓
ヒ族
↓
キ族・アマ族
という順序になる。
キ族とアマ族は並列
アマ族は、本文ではキ族と並べて登場する。
ただし、
キ族とアマ族のどちらが先に来たのか
までは書かれていない。
そのため、
キ族 → アマ族
あるいは、
アマ族 → キ族
という順番ではなく、
ヒ族より後に現れた別系統の集団
として考えておく方がよさそう。
天孫族とは別の集団
「アマ」という音から、
天津神
天孫
天(アマ)
との関係を連想しやすい。
しかし、この説ではアマ族は海人族として書かれており、さらにその後の層として天孫民族が登場する。
したがって、この民族層説の中では、
アマ族=天孫族
ではなく、別の集団として扱われていると考えた方がよさそう。
この説におけるアマ族の位置づけ
現在わかる範囲を整理すると、
・アマ族=海人族
・ヒ族より後来の集団
・キ族と並列に置かれている
・キ族との前後関係は不明
・天孫族とは別の集団
という位置づけになる。
全体の中では、
【より古い】
コシ族
↓
ヒ族
↓
キ族・アマ族など ← ここ
↓
天孫族
【より新しい】
となる。
今のところのメモ
アマ族については、キ族ほど詳しい説明がない。
キ族には「紀」「紀伊」などの地名や、出雲族との関係まで踏み込んだ説がある一方、アマ族についてこの文章から読み取れるのは、
「海人族」であり、ヒ族より後来だった
というところまで。
ただし、天孫族より前の段階ですでに海を活動基盤とする集団が民族層の一つとして置かれていることは覚えておきたい。
今後は、この説でいうアマ族が具体的にどの海人集団を想定しているのか、別の資料も含めて追ってみたい。
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