「蘇我」の蘇も「楚(ソ)」だった?という話

東鯷人呉系楚人について調べる中で、「(ソ)」という音が日本の地名や氏族名に残っている可能性が気になった。

では「蘇我」の「蘇(ソ)」は?

<参考>
古代史レポート|塚田敬

<関連記事>
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「阿蘇」のソ=楚なら、「蘇我」の蘇は?

塚田敬章氏の古代史レポートでは、

阿蘇

という地名について、

蘇=ソ=

という読み方が出てくる。

<参考>
中国朝鮮史から見える日本1|塚田敬章


また別の記事では、

アソぶ(遊ぶ)の「アソ」もを表す音

としている。

<参考>
帰化人の真実3|塚田敬章


ここで気になったのが、

蘇我(ソガ)の「蘇」。

阿蘇の「蘇」がにつながるなら、

蘇我の「蘇」も同じ「ソ=」なのでは? という疑問。

塚田氏は蘇我氏を「呉系楚人」としている

塚田氏は「帰化人の真実3」で、

蘇我氏は母系で紀氏姫氏呉系)につながることに加え、ほかの楚系要素もあわせて、呉系楚人として扱っている

としている。

つまり、塚田説の分類では、

蘇我氏呉系楚人

となる。

さらに、蘇我氏が建立した元興寺についても、

元興寺は蘇我氏が建立した寺で、と結びつく

としている。

蘇我氏の土地も「秦系=呉系楚」

塚田氏は、葛城・高岡宮周辺などについて、

葛城氏・蘇我氏の拠点とされる秦系の土地

としている。

塚田説では、

秦人=呉系楚人

なので、

蘇我氏本人だけでなく、

蘇我氏が活動した地域も呉系楚文化圏

として見ていることになる。

「タイ」という楚系の民族名も蘇我氏につながる?

塚田氏は別の記事で、

タイ

という音を楚に関係する民族名として取り上げ、

「これは蘇我氏を表すようです」

とも書いている。

つまり蘇我氏を楚系と見る根拠は、

単に「蘇」という漢字だけではなく、

氏族関係・土地・民族音・文化要素

などを重ねたものになっている。

では「蘇我」の蘇=楚なのか?

ここについて、

塚田氏本人が「蘇我の蘇は楚を表す」と直接書いた箇所は、今のところ確認できていない。

ただし塚田説では、

阿蘇・アソ=楚を表す音

とし、

一方で、

蘇我氏=呉系楚人

ともしている。

そのため、

阿蘇
→ ソ=楚

蘇我
→ 呉系楚人

という二つを並べると、

「蘇我」のソも楚系の音なのでは?

という疑問が出てくる。

今のところのメモ

現段階では、

「蘇我の蘇=楚」

を塚田氏の説として書くのではなく、

塚田説を読んでいて出てきた疑問

として残しておく。

整理すると、

阿蘇
→ 塚田説では「ソ/アソ=楚」

蘇我氏
→ 塚田説では「呉系楚人」

蘇我氏の拠点
→ 秦系=呉系楚の土地

タイ
→ 楚に関係する民族名
→ 塚田氏は「蘇我氏を表すようだ」とする

では、「蘇我」の「蘇(ソ)」そのものにも、楚の名が残っているのでは?

今後、蘇我という氏族名・地名の古い表記や語源も含めて確認したい。

参考

塚田敬章氏「帰化人の真実3」
蘇我氏を呉系楚人として扱う記述。「アソ」が楚を表す音という記述もある。

塚田敬章氏「縄文の逆襲3」
元興寺・蘇我氏と楚との関係について。

塚田敬章氏「帰化人の真実4」
葛城・蘇我氏の拠点を秦系の土地として扱う記述。

塚田敬章氏「邪馬壱国(大国主)と狗奴国(少彦名)の対立」
楚に関係する民族名「タイ」を、蘇我氏を表すものではないかとしている。

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