最近読んだ本や調べものの中で気になった古代の話を、自分の備忘録としてメモしていくシリーズです。
今回は、「ササ」という言葉について。
『消された南の島の物語』に登場する、坂を「サカ」と読む人々と、坂を「ヒラ」と読む人々の話から連想して、琉球語の「ササ」を調べてみた。
すると、植物の笹ではなく、魚を捕るために水中へ投入する「魚毒」という意味が出てきた。
ここから、
ササ
↓
サカ
↓
坂
という変化と、
ササ
↓
魚毒
↓
水へ魚毒を入れる共同漁
という二つの流れが見えてきた。
<関連記事>
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サカ族にとっての「ササ」
『消された南の島の物語』では、坂を「サカ」と呼ぶ人々と、琉球語のように「ヒラ」と呼ぶ人々の違いが扱われている。
同じ「坂」という漢字で表されていても、その土地にいた人々が使用していた言葉は同じとは限らない。
これまで考えてきたのが、
ササという言葉を「サカ」と発音する集団がいた
↓
そのサカに「坂」という漢字が当てられた
↓
記紀では、その集団に関係する人物や土地が「坂」で表された
という可能性である。
坂の付く神名や人名が、単に地形としての坂を示すのではなく、ササ/サカと呼ばれた集団を表していると考えるものだ。
では、ヒラ族にとって「ササ」とは何だったのか
サカ族がササを「サカ」と呼び、それを「坂」と表記したのだとすれば、坂を「ヒラ」と呼ぶ琉球系の人々にとって、ササは別のものを表していた可能性がある。
そこで琉球語の「ササ」を調べたところ、思いがけない言葉が出てきた。
読谷村史の「しまくとぅば単語一覧」には、次の意味が記録されている。
ササ
魚を捕るために水中へ入れる毒。
イジュの樹皮やルリハコベなどの植物を利用した。
さらに、ササを水へ入れて魚を捕る漁は、「ササイリ」と呼ばれている。
ササイリ 漁法。ササ入れ。毒流し。植物から出る毒液を流して魚を取る。
と説明されている。
「ササイリ」は共同体の漁だった
読谷村宇座では、旧暦3月2日にササイリの行事が行われていた。
字中の人々が石臼で搗いたササメンナを漁師のもとへ持っていき、捕れた魚は、持ち寄ったササメンナの量に応じて分配されたという。
つまりササイリは、個人が勝手に川へ毒を流す漁ではない。
共同体の人々が魚毒植物を集める
↓
石臼で搗く
↓
漁師のもとへ持ち寄る
↓
水中へ投入する
↓
捕れた魚を共同体で分配する
という、集団的な行事だった。
ここでいう「ササ」は、単なる植物名ではない。
イジュ、ルリハコベ、サンゴジュなど、魚毒として使用できる複数の植物をまとめた、魚を捕るための毒を表す言葉だったようだ。
ササを扱う人が「ササベ」だった?
ここから気になってくるのが、雀部・笹部・坂部などの「ササベ/サカベ」である。
「部」は、朝廷や豪族のもとで、特定の仕事や役割を担った集団を表す場合がある。
そのため、ササが魚毒を意味していたなら、
ササ=魚毒
↓
ササを採取・調合・管理する人々
↓
ササを使用する漁を担う人々
↓
ササベ
という見方もできる。
後世には「ササ」という音に、
笹
雀
坂
などの異なる漢字が当てられたのかもしれない。
特に「雀部」は、一般には鳥の雀に関係する部民名として説明される。
しかし、もとのササが魚毒や水辺の漁を表す言葉だった場合、職能名・集団名だったササベに「雀」の字が当てられたという方向も考えたくなる。
「ササ」から二つの意味が分かれた?
今のところ考えているのは、次のような分岐である。
古い言葉「ササ」
↓
一方では、魚毒・魚毒植物・水へ入れるもの
↓
もう一方では、ササ/サカと呼ばれる集団名
↓
笹部・雀部・坂部などの表記へ分化
サカ族にとってのササが「サカ=坂」として残り、ヒラ族にとってのササが「魚毒」として琉球語に残った可能性もある。
あるいは最初から、
ササを扱う水辺の集団
=ササ族
=後にサカ族・ササベと表記された集団
だったのかもしれない。
まとめ
『消された南の島の物語』に登場する、坂を「サカ」と読む人々と「ヒラ」と読む人々。
この違いから琉球語の「ササ」を調べたところ、植物の笹ではなく、魚を捕るために水へ投入する魚毒という意味が見つかった。
さらに、魚毒を水へ入れる共同漁は「ササイリ」と呼ばれていた。
ササ=魚毒
↓
ササイリ=魚毒を入れる共同漁
↓
ササを扱う人々=ササベ?
↓
笹部・雀部・坂部
「坂」が地形だけでなく集団名を表す文字だったように、「雀」も鳥だけを表す文字ではなかった可能性がある。
ササを扱う水辺の集団の記憶が、坂・笹・雀という異なる漢字の中に残っているのかもしれない。