白族の「土公土母」と「田公地母」は同じ神?|后土・后稷との比較メモ

白族の土公・土母について調べていて、もう一つ気になる名前が出てきた。

田公・地母

しかも白族の伝承資料では、この「田公地母」について、

白族では「土公土母」とも呼ぶ

とはっきり書かれている。

つまり、

土公・土母

田公・地母

は、少なくとも白族の一部の伝承では別々の神というより、同じ神々を別の呼び方で表したものらしい。

今後忘れそうなので、ここだけ別記事としてメモしておく。

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白族の「土公・土母」とは?|新居と土地を鎮める神

白族の「田公地母」は五穀の神

雲南省大理白族自治州洱源県に伝わる「稲子樹」という伝承では、田公と地母は夫婦として登場する。

資料では二神を、

五穀之神

と説明している。

さらに、この田公・地母の時代から人々が農耕を始めたとされ、物語そのものが農業の起源を語る内容になっている。

つまり、

田公=田・農耕 地母=大地・土地

という名前そのままに、

土地+農耕・五穀

を一対にした神々に見える。

田公地母=土公土母

さらに重要なのが、同じ資料の注記。

そこでは、

「田公地母」を白族では「土公土母」とも呼ぶ

とされている。

また、新居を建てたあとの祝いでは、人が田公地母に扮し、農業生産の知識を歌によって伝えるという。

別の白族資料では、新居などに関係する「奠土」の儀式に、若者二人が土公・土母として参加することが確認できる。

そうすると、

土公土母=土地を鎮める神

という姿と、

田公地母=農耕・五穀をもたらす神

という姿は、まったく別のものではなく、

同じ神格の異なる側面

として存在している可能性がありそうである。

土母は后稷なのか?

ここで、気比神宮について調べていて出てきた后土・后稷を思い出した。

中国古代では、

后土=土地・社の神 稷=穀物・農業の神

という組み合わせがあり、両者を合わせた社稷は土地と穀物を象徴する重要な祭祀だった。

『左伝』について論じた研究でも、「后土為社」、そして稷は農事に関係する神として整理されている。

ただし、

白族の土母=后稷

と考えるのは違いそうである。

「土母」「地母」はむしろ大地・土地側の神格であり、中国の土地神信仰史を扱った研究でも、后土・地母・土公などは相互に近い土地神の系列として整理されている。

したがって、

土母 → 后稷

という対応ではなく、

土母・地母 → 后土側

と考えた方が自然そうである。

ただし「田公地母」にすると構造が似てくる

ところが名称が、

土公土母

ではなく、

田公地母

になると話が少し変わる。

田公地母は五穀の神であり、農耕の始まりを伝える夫婦神として語られる。

そこで役割だけを並べると、

田公=田・農耕・五穀 地母=土地・大地

となる。

これは中国古代の、

稷=穀物・農耕 后土=土地

という組み合わせと、かなり似た構造に見える。

つまり、

田公 ≒ 后稷的な役割 地母 ≒ 后土的な役割

という比較なら考えてみてもよさそうである。

気比神宮の「后土+后稷」とも似て見える

この組み合わせが気になった理由は、ちょうど気比神宮について調べていたから。

塚田氏は気比神宮について、

土公=后土 御食津大神=后稷

と読み、両者を社稷祭祀として捉えている。

ここに白族の田公地母を並べると、

白族
田公 + 地母
=五穀・農耕 + 土地

気比神宮をめぐる塚田氏の解釈
后稷 + 后土
=穀物・農耕 + 土地

という、よく似た形になる。

だからといって、

白族の田公地母=后土・后稷そのもの

という話ではない。

ただ、

土地の神と、そこで育つ穀物・農耕の神を一組にして祀る

という祭祀構造が共通している可能性は、今後比較してみたい。

「土公土母」は土地だけの神ではない?

今回いちばん気になったのはここ。

土公土母だけを見ると、

土地を鎮める男女一対の土地神

という印象が強い。

ところが、

土公土母=田公地母

という白族伝承を重ねると、

その神格には、

土地 田畑 五穀 農耕 新居・生活の場

まで含まれているように見える。

白族の土地信仰について紹介する資料でも、地母祭祀だけでなく、田公地母を祀る「動土日」や収穫時の祭祀が伝えられている。

つまり「土公土母」は単純に、

建築前後に土地を鎮めるだけの神

ではなく、

人がその土地で暮らし、耕し、食べていくこと全体を守る神

だった可能性も考えておきたい。

今後調べたいこと

・白族で「土公土母」と「田公地母」がどの地域まで同一視されるのか
・「土公土母」と「田公地母」のどちらの呼称が古いのか
・田公が具体的にどのような農耕神として語られるのか
・白族の「五穀之神」と中国古代の稷神との比較
・地母・土母と后土の関係
・「土地+穀物」を一組にする祭祀が中国南方民族にどの程度広く存在するのか
・気比神宮について塚田氏が示す「后土+后稷=社稷」と比較できるのか

今の段階では、

土母=后稷ではない。

ただし、

土公土母=田公地母

という白族側の伝承を経由すると、

土地+農耕・五穀

という組み合わせが現れ、それが后土+后稷の構造と似て見える。

ひとまず、ここまでを今後の比較材料として残しておく。

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