宇迦之御魂神(ウカノミタマ)について調べていて、以前からずっと気になっていたものがある。
南方熊楠が記録した、「ウガの尾」と呼ばれる不思議な姿である。
一般にウカノミタマは、名前の「ウカ」が食物・穀物を意味するとされ、稲や食物を司る神として知られている。
ところが一方で、紀伊などでは、海蛇を「ウガ」と呼んだ記録がある。
この「ウガ」と「ウカノミタマ」は、本当に無関係なのだろうか。
南方熊楠が記録した「ウガ」
南方熊楠記念館では、熊楠が記録した「ウガ」について詳しく紹介している。
記念館によれば、このウガは「カイラギ」とも呼ばれたウミヘビで、熊楠は1924年6月27日に、漁師が持ち込んだ実物を観察している。
その尾には、エボシガイの仲間が8~9個ほど付着していたという。
エボシガイの仲間は、一見すると貝のように見えるが、フジツボに近い甲殻類で、先端から羽毛のような蔓脚(まんきゃく)を広げて海中の餌を捕らえる。
一匹だけが付着している場合は、こんな姿になる。

※実物写真など複数の資料を参考に作成したイメージ図です。実物そのものを描いたものではありません。
これが複数、尾の先にまとまって付着すると、かなり印象的な姿になる。

※ウミヘビに複数のエボシガイ類が付着した実例を参考にしたイメージ図です。
熊楠自身は、この姿をかなり印象的な言葉で記録している。
南方熊楠記念館の紹介では、エボシガイが鰓や髭のような部分を動かしながら海蛇の尾で屈伸・回転する様子を、
「画にかける宝珠が線毛状の光明を放ちながら廻転するごとし」
と表現している。
つまり、ざっくり言えば、
「宝珠が細い光を放ちながら回転しているように見えた」
ということらしい。
以下のページでは、熊楠が観察したウガについて、
「海蛇の尾にエボシガイの仲間が8~9個寄生していた」ことや、それらが動く様子を「宝珠が光を放ちながら回転するよう」と記録したことが紹介されている。↓↓↓
「ウガの尾」は縁起物だった
さらに面白いのは、この奇妙な姿が、単なる珍しい生物として扱われていたわけではないこと。
南方熊楠記念館では、ウガにまつわる漁民の習俗についても紹介している。
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熊楠の記録によれば、ウガを捕らえた場合、その尾を切り取って船玉に供え祀ったという。
船玉とは、船に宿る守護神のこと。
そして漁師たちは、このウガの尾を、
海幸を願う際に霊験のあるもの
として扱っていたらしい。
(※ここでいう「ウガの尾」は、エボシガイ類が付着したものに限らない。熊楠の記録では、ウガそのものの尾を船玉に供え祀ったとされている。)
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つまり、
海蛇
+ 尾についた房状のもの
+ 船
+ 豊漁
という信仰が実際に存在していたことになる。
この姿を見ると、豊作の稲穂や、実がたくさんついた植物を連想するのもわからなくはない。
一本の尾から、たくさんのものが房状にぶら下がる。
それ自体が、「たくさん実る」「豊かに増える」というイメージにつながったのかもしれない。
昭和天皇にも見せた「ウガ」
このウガは、熊楠にとってもかなり印象深いものだったようだ。
南方熊楠記念館によると、熊楠が1929年に昭和天皇へ御進講を行った際、「ウガ」など珍しい生物の標本を持参したことが記録されている。
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現在も南方熊楠記念館の常設展示では、ウガの標本を見ることができるという。
ウカノミタマの「ウカ」と海蛇の「ウカ」
一般的には、ウカノミタマの「ウカ」は食物・穀物を意味すると説明される。
ただ、別のところには、
海蛇=ウカ/ウガ
という言葉や伝承も残されている。
海蛇信仰については、民俗学者・谷川健一氏も『蛇 不死と再生の民俗』の中で詳しく扱っている。
この本では、
海蛇
龍蛇信仰
海人
出雲
蛇神
などがまとめて論じられている。
そのため、食物神ウカノミタマを考えるときにも、
「ウカ=食物」
だけでなく、
「ウカ/ウガ=海蛇」
という別の言葉の層がどこかで重なっていないか、気になってくる。
「ウガの尾」の姿そのものが気になる
個人的にいちばん気になるのは、言葉だけではなくその姿である。
海蛇の尾に、多数の生物が房状についている。
それぞれが蔓脚を広げながら動けば、熊楠が表現したように、
光を放つ宝珠
花
稲穂
実のなる房
のようにも見える。
しかも、それを漁民が豊漁をもたらすものとして大切にしていた。
「ウカノミタマ=海蛇」と単純に言える話ではないけれど、
海蛇のウガ
豊かに実るような尾
豊漁を願う信仰
食物神ウカノミタマ
という組み合わせは、かなり気になる。
ひとまず、この「ウガの尾」の姿とウカノミタマとの関係について、あとでまた戻ってこられるようにメモしておく。
