保良(ホラ・ボラ)」という地名はどこにある?|洞・保羅との関係を探す

「洞(ホラ)」から「保良」という地名が気になって調べてみた。

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保良(ホラ・ボラ)」という地名

保良(ホラ・ボラ)」という地名について気になったきっかけは、

・洞(ホラ)を名に持つ神社はどこにある?|全国の洞神社を調べる

という記事で、滋賀県大津市の 洞神社(ほらじんじゃ)を調べていたこと。

この洞神社から見つかった江戸時代の棟札には、

「保羅(洞)権現御社」

と記されていた。

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つまり少なくともこの神社では、

保羅(ホラ?)=洞(ホラ)

という対応があったらしい。

さらに周辺を調べると、大津市には奈良時代の「保良宮(ほらのみや)」があった。

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【保良】〒906-0101 沖縄県 宮古島市 城辺保良

ところが、もっと離れた沖縄県宮古島にも、

保良(ぼら)

という現在まで残る地名がある。

保良(ホラ)。

保良(ボラ)。

保羅。

洞(ホラ)。

……これ、どこまで関係あるんだろう?

今回はまず、「保良」という地名そのものを追ってみる。

今回確認できた「保良」

まず、現在確認できた主な例をざっくり並べておく。

地域 表記 読み・呼称 気になる点
滋賀県大津市 保良 ホラ 奈良時代の保良宮
滋賀県大津市 保羅(洞) ホラとみられる 洞神社の棟札
沖縄県宮古島市 保良 ボラ/ブラ 現在も残る地名
沖縄県宮古島 婆羅 ブラと比定 14世紀初頭の中国側史料にみえる名称

こうして並べるとよく似ている。

ただし、

「字が同じだから、同じ語源」

とは限らない。

特に滋賀と宮古島では、地形も言語も歴史的背景も大きく異なる。

そのため、まずは別々に見ていく。

滋賀県大津市の「保良(ホラ)」

滋賀県大津市には、奈良時代の 保良宮(ほらのみや)があったことが『続日本紀』から確認できる。

天平宝字3年(759)には保良宮造営のための官人が任命され、天平宝字5年(761)には「保良京」への宅地班給や、淳仁天皇らの行幸が記録されている。

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ただし、保良宮そのものの正確な所在地は現在も確定していない。

大津市歴史博物館によると、大津市国分二丁目には保良の地名を伝える 洞神社の旧跡 があり、国分団地内には保良宮の宮殿礎石と伝えられる「へそ石」も残っている。

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つまり、この地域では、

奈良時代の「保良」

と、

後世の「洞(ホラ)」

が同じ地域の中に現れる。

ここまではかなり面白い。

洞神社には「保羅(洞)」という表記が残っていた

さらに重要なのが、現在は 近津尾神社 の境内社となっている洞神社。

この洞神社の屋根修復に伴って見つかった棟札のうち、宝暦8年(1758)のものには、

「保羅(洞)権現御社」

と記されている。

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一方、明治21年(1888)の棟札では、

「洞大権現」

となっている。

つまり同じ神社について、

保羅(洞)権現御社
↓
洞大権現

という表記が確認できる。

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少なくともこの地域では、

「保羅」と「洞」が同じ「ホラ」を表す表記として扱われていた可能性が高い。

 

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ここは、「洞」という漢字だけを検索してホラ地名を調べることの危うさを感じるところでもある。

「洞」が先なのか、「保良」が先なのか

ここで順番が重要になる。

大津の「保良」は、少なくとも奈良時代の 保良宮・保良京 まで遡る。

一方、今回確認できた洞神社の「保羅(洞)」という表記は江戸時代の棟札である。

そのため現段階では、

「もともと洞という地名があり、それを保良と書いた」

と単純に考えることはできない。

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むしろ、

先に「ホラ」という音があり、その音に「保良」「保羅」「洞」と異なる漢字が当てられていった

可能性も考えておきたい。

ただし、これもまだ仮説。

奈良時代以前の地名の成立や、「保良」という表記がどのように生まれたのかまでは、今回確認した資料だけでは分からない。

宮古島にも「保良(ボラ)」がある

そして、もう一つの「保良」が沖縄県宮古島市にある。

現在の正式な住所にも、

宮古島市城辺字保良(ボラ)

として残っている。

農林水産省の漁港一覧でも保良漁港(ボラ)と確認できる。

ところが、この地域の方言ではさらに面白い。

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保良方言を扱った言語学研究では、

保良(ぼら)=ブラ[bura]

と記録されている。

つまり、

漢字表記:保良
共通語的な読み:ボラ
現地の呼称:ブラ

という関係がある。

宮古島の「保良」は14世紀以前まで追える


【保良元島遺跡】

宮古島の保良は、かなり古いところまで追うことができる。

宮古島市指定史跡の 保良元島遺跡 は、東平安名崎の根元付近にある14~15世紀頃の集落遺跡。

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さらに宮古島市の解説では、中国側の史料に、元の延祐4年(1317)、

「婆羅公管下密牙古人」

という記録があることが紹介されている。

ここに登場する、

「婆羅」=保良
「密牙古」=宮古

と比定されている。

つまり現在「保良」と書かれている地名について、14世紀初頭には中国側史料に「婆羅」と記録された可能性がある。

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滋賀では、

保良 → 保羅 → 洞

宮古島では、

婆羅 → 保良

という、よく似た漢字の揺れが見えてくる。

……ただし、ここで二つをつなげるのはまだ早い。

宮古島の「保良」は「大浦」由来かもしれない

宮古島市総合博物館紀要には、保良という地名について興味深い説が紹介されている。

それが、

保良(ボラ)は「大浦(ウプウラ)」から変化したのではないか

という説。

おおまかには、

ウプウラ
↓
プウラ/プラ
↓
ブラ
↓
ボラ(保良)

という変化を想定している。

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保良泉から東平安名崎にかけての海岸には、浦・湾状の地形が複数あり、この海岸地形を大きな「浦」と捉えた呼称が地名になったのではないか、という考え方である。

これが正しければ、

宮古島の「保良」は、「洞=谷・窪地」という意味から生まれた地名ではない可能性がある。

むしろ、

浦・湾という海岸地形

から生まれた「ブラ/ボラ」に、後から「保良」の漢字が当てられたことになる。

まだ一説ではあるが、滋賀のホラと宮古島のボラを安易に同語源としないためにも重要な説だと思う。

宮古島の保良には「ガー(泉)」もある

もう一つ気になるのが、

保良ガー(ぶらがー)

の存在。

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保良ガーは、宮古島南海岸の海食崖中腹にある湧水。

上水道が整備される1960年代まで、保良集落の飲料水・生活用水として長く利用されていたという。

「保良」という地名そのものが湧水に由来すると確認できたわけではない。

ただ、

海岸・浦・崖・湧水・集落

が一体となった土地であることは覚えておきたい。

特に「ホラ/ボラ」地名を地形語として追うなら、漢字だけではなく、実際にその土地がどんな地形なのかを見る必要がありそうだ。

滋賀のホラと宮古島のボラは同じなのか?

ここまで調べた段階では、

同じとは言えない。

むしろ宮古島については、「大浦(ウプウラ)」からブラ・ボラへ変化したとする地域側の説がある。

一方、滋賀では、

保良
保羅(洞)
洞

が同じ地域の中で実際に確認できる。

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そのため、現時点では、

滋賀の「保良・保羅・洞」は一つの系列として追う価値が高い。

宮古島の「保良・婆羅」は、別系統として独立して追った方がよさそう。

というところまでにしておきたい。

それでも「保良」という表記が気になる

とはいえ、面白いのはここから。

これまで「洞(ホラ)」地名を調べたとき、岐阜県や岩手県には「洞」という漢字が非常に多く、西日本ではそれほど目立たなかった。

でも滋賀では、

・保良
・保羅
・洞

という表記の揺れが確認できた。

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もし他地域にも、

「ホラ」という音は残っているが、「洞」とは書かない

例が存在するなら、

「洞」という漢字だけで全国分布を見ても、古いホラ地名の分布は分からないことになる。

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逆に宮古島のように、

たまたま「保良」と書くが、語源はまったく別

という例もあり得る。

だから次に必要なのは、

漢字ではなく「ホラ・ボラ・ブラ」という音から全国の地名を探すこと。

そして一つずつ、

・古い表記は何か
・いつから確認できるか
・現地ではどう発音するか
・谷なのか、窪地なのか、浦なのか
・湧水や川はあるのか
・集落名なのか、地形名なのか
・どんな神が祀られているのか

を見ていくことだと思う。

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「洞」という一文字から始まったけれど、

どうも漢字だけ追っていてはいけない気がしてきた。

今後調べたいこと

・滋賀の「保良」という地名は、奈良時代以前まで遡れるのか

・保良宮の「保良」と、国分の洞神社はどこまで直接つながるのか

・「保良」「保羅」「洞」の表記が入れ替わった時期

・滋賀以外にも「保良」をホラと読む古地名があるのか

・「保羅」「婆羅」などの異表記は他地域にもあるのか

・ホラ/ボラ/ブラという音で探した場合、全国分布はどう変わるのか

ここはまだ入口。

ひとまず、

「洞」の字がないからといって、「ホラ」という地名がないとは限らない。

ということだけは覚えておきたい。

参考

・大津市歴史博物館「保良宮跡(へそ石)」
・『日本歴史地名大系』「保良宮」
・近津尾神社「神像等宝物」
・宮古島市「住所表記」
・宮古島市「保良元島遺跡」
・宮古島市総合博物館紀要「保良の地名を『保良湾』で考える」
・仲原穣「沖縄宮古島保良方言の音韻」
・『日本歴史地名大系』「保良ガー」
・水産庁「沖縄県漁港一覧」

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