琉球に残る雀の伝承|魚毒の「ササ」と鳥の雀はつながるのか

最近読んだ本や調べものの中で気になった古代の話を、自分の備忘録としてメモしていくシリーズです。

今回は、琉球に残る雀の伝承について。

琉球語の「ササ」を調べると、魚を捕るために水へ投入する魚毒と、その魚毒を使用する共同漁「ササイリ」が出てきた。

それなら、琉球に鳥としての雀の伝承は残っていないのだろうか。

調べてみると、ちゃんと残っていた。

しかも、琉球の雀は、米・酒・王の倉・穀物の分配などに関わる話の中へ登場する。

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琉球語の「ササ」は魚毒

沖縄県読谷村の方言では、「ササ」は魚を捕るために水へ投入する毒を意味する。

また、植物から出る毒液を水へ流して魚を捕る漁は、「ササイリ」と呼ばれた。

読谷村史「しまくとぅば単語一覧」

ここでいうササは、植物の笹でも鳥の雀でもない。

ササ=魚毒
ササイリ=魚毒を水へ入れる漁

である。

しかし日本本土へ目を向けると、「ササベ」という音には、雀部・笹部・坂部などの漢字が当てられている。

そこで気になったのが、琉球に鳥としての雀が登場する伝承も残っているのか、ということだった。

沖縄の「蝿と雀」

沖縄県立博物館・美術館の民話データベースには、「蝿と雀」という昔話が収録されている。

話の舞台には、王とその倉が登場する。

蝿は王に対して、

雀は、王より先に諸臣下から集めた米を倉から盗んで食べている

と告げ口する。

怒った王は雀を呼び出す。

しかし雀は、自分が食べているのは倉の前に落ちた米であり、むしろ掃除をしているのだと説明する。

そのうえで、

蝿は、王が箸をつける前から食べ物の上を飛び回って食べている

と反論する。

王は、雀が倉の前に落ちた米を食べることを認め、逆に蝿を罰する。

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・

この話では、雀が単なる小鳥ではなく、

・王
・諸臣下
・集められた米
・王の倉
・穀物を食べる資格

に関わる存在として描かれている。

雀は王の米を食べる鳥

「蝿と雀」の雀は、王の倉に近づき、そこにある米を食べる。

しかし、王の米を奪う反逆者として処罰されるのではない。

雀は、

自分が食べているのは倉から盗んだ米ではない
↓
倉の前に落ちた米を拾っている
↓
それは王の倉を掃除することにもなる

と説明し、王からその行為を認められる。

・
・

つまり雀は、王権の外にいる害鳥ではなく、王の穀物の一部を受け取ることを許された鳥として位置づけられている。

この構造は、垂仁天皇の「粟を食べる雀を追い払う夢」とも重なって見える。

雀は粟や米を食べる。

しかし殺されるのではなく、追い払われたり、王の倉の周囲で残った米を食べることを許されたりする。

雀と穀物を持つ側は、完全な敵同士ではなかったのかもしれない。

沖縄の「雀孝行」

沖縄には、「雀孝行」と呼ばれる昔話も伝わっている。

糸満市が公開している「読んで聴く 沖縄・糸満市の昔話」にも、「雀孝行」が収録されている。

これは、雀と燕の行動の違いから、それぞれの姿や暮らしの由来を語るタイプの話である。

・
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親の危篤を知った雀は、身なりを整えることよりも親のもとへ急ぐ。

一方の燕は、自分の姿を整えてから向かったため、間に合わなかった。

その結果、親孝行な雀は人間の家の近くで暮らし、米などを食べられるようになったと語られる。

雀が人の住む場所や穀物倉の近くにいることを、親孝行への報酬として説明する伝承である。

雀と酒の始まり

沖縄には、雀と酒を結びつける「雀酒屋」「すずめの酒づくり」と呼ばれる昔話もある。

糸満市の昔話一覧にも「雀酒屋」が収録されている。

物語では、雀が米や発酵したものを食べて酔っている様子などから、人間が酒の作り方を知る。

ここでも雀は、

・米
・収穫
・発酵
・酒
・祭り

につながる存在として現れる。

稲や米を食べる害鳥である一方、人間に酒の作り方を知らせる鳥でもある。

雀は穀物を奪うだけでなく、穀物を別のものへ変える知恵を運ぶ鳥としても描かれている。

琉球の雀に共通するもの

琉球の雀伝承を並べると、共通しているのは穀物との深い関係である。

「蝿と雀」
王の倉・諸臣下から集めた米・穀物の分配

・

「雀孝行」
人里で暮らし、米を食べる権利

・

「雀酒屋」
米・発酵・酒の起源

雀は、田畑の穀物を食べる鳥である。

それだけなら害鳥として追放・退治されてもよいはずだが、昔話の中では、人間の近くで米を食べる理由や資格が与えられている。

このことから、雀は単なる害鳥ではなく、穀物を作る人々と古くから関係を持つ鳥だったことが分かる。

魚毒のササと鳥の雀

ここで、再び魚毒のササへ戻る。

琉球には、

ササ=魚毒
ササイリ=魚毒を水へ入れる共同漁

という言葉が残る。

一方で、

雀=米・倉・酒・王に関係する鳥

という伝承も残る。

魚毒のササと、鳥の雀が直接同じものだったとは限らない。

ただし同じ文化圏の中に、

・水辺で魚を共同採取するササ
・穀物と王権に関係する雀
・ササベという音
・雀部という表記

が存在することになる。

ササベは漁と農耕の間にいた?

もしササベが、魚毒のササを扱った人々を表す名前だったなら、その集団は水辺で漁を行う人々だったことになる。

しかし「雀」の字が当てられた段階では、雀と米・粟・穀物との関係も意識されていた可能性がある。

魚毒のササ
=水辺・川・海・漁

・

鳥の雀
=田・米・粟・倉・酒

・

ササベ
=水辺の漁と稲作の両方に関係する集団?

古い海人や川人が、漁だけをしていたとは限らない。

川や海に近い土地で魚を捕りながら、水田を開き、稲作や穀物の管理にも関わっていた集団なら、ササと雀の二つの要素が同じ集団に重なっていても不思議ではない。

雀部郷とのつながり

雀部郷は、摂津国武庫郡と丹波国天田郡に存在した。

摂津国の雀部郷は、現在の尼崎市今北付近に比定されることがある。

一方、丹波国天田郡にも雀部郷があった。

以前のメモで気になったのが、

尼崎
天田
天崎

という「アマ」の重なりである。

・
・

ここへ琉球のササを加えると、

海・川に関係する「アマ」の土地
↓
魚毒漁を行う水辺の集団
↓
ササを扱うササベ
↓
雀部という表記
↓
稲・米・酒に関係する雀の伝承

という流れも考えたくなる。

まとめ

琉球語の「ササ」は、雀を捕るために水へ投入する魚毒を意味する。

一方、琉球には鳥としての雀の伝承も残されている。

その雀は、

・王の倉の米を食べる
・人里で米を食べる権利を与えられる
・米から酒が生まれることを知らせる

など、穀物・王権・酒と深く関係している。

魚毒のササ
↓
共同漁のササイリ
↓
ササを扱うササベ?

・

鳥の雀
↓
米・粟・倉・酒
↓
雀部という表記?

ササベという音の中には、水辺の漁を表すササと、穀物に関わる鳥としての雀が重ねられているのかもしれない。

「雀部」という字だけを見ると鳥の雀を想像する。

しかし、そのさらに古い層には、魚毒を水へ入れ、共同体へ魚をもたらしたササの民が隠れている可能性もありそうだ。

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