神武東征に現れる「イツ」祭祀|厳瓮・厳媛・厳罔象女

神武東征を読み直していて、かなり気になったのが、

イツ」が異様に集中して現れる場面 である。

いつ・イツ・厳…「イツ」とは何ぞや?

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天香山のハニから「厳瓮(イツヘ)」を作る

それは、神武天皇天香山ハニを取って祭器を作り、丹生川上で祭祀を行う場面。

まず登場するのが、

厳瓮(イツヘ)

という祭器。


そして、祭祀を行ったのは、

② 道臣命※=厳媛(イツヒメ)

大伴氏の祖


その後、火・水・穀物・山・草などにも、次々と

③ 厳(イツ)

が付けられていく。

① 天香山のハニから「厳瓮(イツヘ)」を作る

神武は大和攻略に苦戦していたとき、天神からの夢告を受け、

天香山のハニ

を取らせる。

そのハニから祭器を作り、そのひとつが、

厳瓮イツヘ:神酒を盛る神聖な土器

だった。


『日本書紀』では「厳瓮」にイツヘという訓が示されている。

つまり、

ハニ
祭器
イツヘ

という流れになる。

天香山のハニについては別記事に分けている。↓↓↓

神武東征でなぜ天香山の「ハニ」を取ったのか?

② 道臣命が「厳媛(イツヒメ)」になる

神武はさらに、道臣命を斎主として祭祀を行わせる。

その際、道臣命には、

厳媛イツヒメ

という名前が与えられる。

男性の道臣命が「」と呼ばれる点もかなり独特だけれど、ここではまず、

祭祀を担う人物そのものにも「イツ」が付けられている

ことをメモしておきたい。

③ 火・水・食物・山・草にも「イツ」が付く

さらに『日本書紀』では、祭祀に用いるものや神々にも「」が付けられている。

火=香来雷
水=罔象女
食物=稲魂女
薪=山雷
草=野椎

という形。

つまり「イツ」は一人の神名だけではない。

祭祀を構成するもの全体に「イツ」を冠している

ように見える。

個人的にはここがかなり重要に感じる。


イツ」が単なる名前の一部ではなく、

祭祀対象特別な状態にする言葉

あるいは、

神威・霊威を持たせるための言葉

として使われているようにも見える。

「厳=イツ」とは何なのか?

イツ」は一般に、

厳しい 威力がある 神聖である

といった意味につながる古語として説明される。

イツ)」や「イツ)」など、神聖さ・威力・祭祀に関係する漢字が当てられることもある。

そのため神武紀のこの場面は、

天香山のハニを使って、祭祀の道具・人・自然物を「イツ」の状態へ変えていく

ようにも読める。

そして直前には五瀬命(イツセ)がいる

ここでどうしても気になるのが、

五瀬命(イツセ)

である。

五瀬命は神武の兄で、東征の途中で負傷し、紀伊で亡くなる。

その後、大和攻略が本格化していく中で、

イツ
イツヒメ
イツ罔象女
イツ稲魂女

と、「イツ」が一気に増える。

だから、

五瀬命の「イツ」と、神武側が用いる「イツ祭祀」は無関係なのか?

という疑問は残しておきたい。

五瀬命そのものについては、別記事で整理している。↓↓↓

五瀬命は本当に神武の「途中で死ぬ兄」だったのか?

五瀬の祭祀が神武側へ移った可能性?

今のところ、私が気になっているのは、

五瀬命自身がイツを担う古い祭祀側の人物だったのではないか?

という可能性。

もしそうなら、

五瀬の退場
神武が大和在地のハニ祭祀を取り込む
イツ」を冠した祭祀体系が現れる

という流れにも見えてくる。

さらに神武紀のハニ祭祀には、宇陀の在地豪族である弟猾オトウカシや、倭直系の祖とされる椎根津彦シイネツヒコが深く関わっている。

つまり、

イツ神武九州から一方的に持ち込んだものではなく、大和側の古い祭祀とも結びついていたのではないか

という疑問も出てくる。

「ハニ・イツ・丹」が同じ祭祀場面に揃う

さらに、この祭祀が行われるのは丹生川上

つまり、

ハニ
厳瓮=イツ
丹生

が同じ流れの中に現れる。

ハニには、

ホ(秀)+ニ(丹・泥・土)=ホニ → ハニ

とする語源説もある。

そのため、

ハニ

ニ=丹

イツ

という言葉が、たまたま一場面に集まっただけなのかも含めて気になっている。

ハニの語源についてはこちら。↓↓↓

埴(ハニ)の語源は「秀丹(ホニ)」なのか?

南大和から紀伊にかけての位置関係についてはこちら。↓↓↓

南大和から紀伊に続く「ハニ・丹・イツ」の祭祀圏?

今のところのメモ

今回の「イツ」は、単独の神名として見るより、

祭祀全体に付けられた特別な力・状態を表す語

として見る方が面白そうに感じている。

そして、

その直前に「イツセ」という人物が退場していること

も、ひとまず別々の事実として残しておきたい。

この二つがつながるのか。

それとも「イツ」という祭祀語が、五瀬よりさらに古い共通語だったのか。

今後もう少し追ってみる。

参考

國學院大學デジタルミュージアム「丹生川上神社」
國學院大學 古典文化学事業「五瀬命」
コトバンク「厳」

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