五瀬命は本当に「東征途中で死ぬ神武の兄」だったのか?

五瀬命といえば、一般には、

神武天皇の兄で、東征の途中で負傷して亡くなった人物

として知られている。

私も長らく、そのくらいの認識だった。

ところが調べてみると、

五瀬命は本当に「東征途中で死ぬ兄」だったのか?

という疑問が出てきた。

<関連記事>
「五瀬命」についての記事一覧

『古事記』と『日本書紀』で扱いが違う

國學院大學の五瀬命解説では、『古事記』と『日本書紀』で五瀬命の扱いに違いがあることが指摘されている。

とくに気になるのが、五瀬命の死の表現。

『古事記』では「(ホウ)
『日本書紀』では「(コウ・みまかる)

とされている。

」は天皇の死に使われる表現。

つまり『古事記』では、五瀬命がかなり高い格で扱われているように見える。

國學院大學 古典文化学事業「五瀬命」

五瀬命が本来の東征主人公だった?

さらに國學院大學の解説では、

記紀以前には、五瀬命東征の主人公とする伝承が存在したのではないか

とする研究上の見解も紹介されている。


つまり、

もともとは五瀬が中心人物だった東征伝承があり、その功績が後に神武へ吸収された可能性

が考えられているということ。


もしそうなら、

神武=最初から唯一の東征主人公

という現在の記紀の物語は、かなり整理された後の形だった可能性が出てくる。

坂口安吾の「アベコベ」読みも気になる

以前から気になっていたのが、坂口安吾の神武東征の読み方。

安吾は、神武東征の物語について、

征服した側と征服された側が、記紀では「アベコベ」に描かれている可能性

を考えている。

五瀬命についても、現在の天皇家側の人物として描かれている姿とは別に、

本来は反対側の大きな勢力を代表する人物だったのではないか

という方向で見ている。

五瀬命は 恐らく 伊勢大神宮 の重大な隠し神様、荒ミタマ だろうと思います。

そして 実際は 今の天皇系 ではなく反天皇系 の大親分の運命を 暗示する一ツでもあって、伊勢が 内実はそういう面をもつ神でもあることは、伊勢吉野近江、それから 隠され里 のような ヒダスワ 等 のその後の史実が 語っております。

・引用:青空文庫 坂口安吾:飛騨・高山の抹殺――中部の巻――

安吾のこの読みは、五瀬を「神武の兄だから神武側」とだけ見る必要はない、という点でかなり気になる。

五瀬の死のあとに「イツ」祭祀が現れる

さらに今回、別のところから気になったのが、

五瀬=イツセ

という名前。

五瀬命が東征から退場したあと、神武側は大和攻略の重要な局面で、

厳瓮(イツヘ)
厳媛(イツヒメ)
厳罔象女

など、「イツ」を冠した祭祀を行う。

この「イツ」祭祀については別記事に分けた。↓↓↓

神武東征に現れる「イツ」祭祀|厳瓮・厳媛・厳罔象女

もちろん、

五瀬の「イツ」と、厳瓮などの「イツ」が直接同じ祭祀を意味する

と確認できたわけではない。

ただ、

イツセの退場後に、神武側の祭祀へ「イツ」が大量に現れる

という構造は、今後考える材料として残しておきたい。

五瀬は九州だけの人物だったのか?

もうひとつ大きな疑問がある。

五瀬命は、本当に九州から東征してきただけの人物だったのか?


記紀では、

九州

東征

河内で負傷

紀伊で死亡

という流れになっている。

しかし、紀伊には現在も五瀬命を主祭神とする竈山神社がある。

竈山神社


さらに、南大和には、

御所(ゴセ)
巨勢(コセ)

といった地名も残る。

御所には「五瀬」に由来するという地名由来説まである。

この話はこちらに分けている。↓↓↓

五瀬(イツセ)と御所(ゴセ)・巨勢(コセ)は関係するのか?

紀伊には「橋本」一族との婚姻伝承もある

さらに私が以前から気になっているのが、

五瀬命と「橋本」一族の婚姻関係

出雲口伝関係の書籍では、

五瀬命の妻側の「橋本」一族が紀伊にいた。

そして、その子孫が 五瀬を和歌山歌山で祀り続けた

という趣旨の伝承が紹介されている。↓↓↓

(引用:出雲王国と大和政権(=出雲王国と天皇))

↑↑↑ ここには「五瀬命の嫁橋本」だけでなく、五瀬命(モノノベ本家?)も 紀伊紀伊にいた可能性すらあるようにも読める内容が書かれている。

※旧版の「出雲王国とヤマト政権」と両方持っていいるけど内容はほぼ同じ?違いは不明…


また、九州・五ヶ瀬側にも五瀬橋本系を結ぶ伝承が残るという。

もしこの婚姻関係が古い層を反映しているなら、

五瀬紀伊に縁のない人物ではなかった

可能性が出てくる。


つまり、

九州からたまたま紀伊へ来て、そこで死んだ

のではなく、

九州と紀伊の双方に関係を持つ広域的な人物・勢力だった

可能性も考えてみたい。

この話はこちら。

五瀬命と紀伊の「橋本」一族|なぜ和歌山で祀られたのか?

今のところ気になっていること

今の段階では、

五瀬命=本来の東征主人公だった可能性
五瀬命=記紀で役割を縮小された可能性
五瀬命=「イツ」祭祀に関係する人物だった可能性
五瀬命=九州だけでなく南大和・紀伊にも地盤を持った可能性

を、それぞれ別の問題として残しておきたい。

特に、

五瀬が神武側の人物だったのか、それとも後から神武側へ組み込まれた人物だったのか

という点は、神武東征そのものの読み方を大きく変える可能性がある。

参考

國學院大學 古典文化学事業「五瀬命」
青空文庫 坂口安吾:飛騨・高山の抹殺――中部の巻――
竈山神社

※旧版の「出雲王国とヤマト政権」と両方持っていいるけど内容はほぼ同じ?違いは不明…

<関連記事>
「五瀬命」についての記事一覧

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です